「あきちゃんの不動産お役立ちコラム」の記事一覧(138件)
不動産暦50年のあきちゃんが神戸市北区の皆様に不動産に関するお役立ち情報をお届けします。
カテゴリ:あきちゃんの不動産お役立ち情報 / 投稿日付:2026/08/12 08:01
こんにちは。神戸市北区で50年、不動産屋をやっております田中章雄、通称あきちゃんです。
今日は、鈴蘭台の話をします。私がこの仕事を始めて、いちばん最初に任された物件が鈴蘭台の建売住宅でした。だから鈴蘭台は、私にとって特別な街です。
この10年ほど、鈴蘭台について「変わりましたね」と言われることが増えました。
駅前に新しいビルが建って、北区役所が坂の上から降りてきて、駅前がきれいになった。確かに、変わりました。
ただ、ここで一歩立ち止まってください。「鈴蘭台は変わった」という言葉を、そのままご自宅の値段に当てはめてしまうと、大きく損をします。
今日は、何が変わって、何が変わらなかったのかを、正直に書きます。
結論から申し上げます
鈴蘭台で変わったのは、駅前の半径300メートルだけです。その外に広がる坂の上の住宅地は、50年前とほとんど何も変わっていません。
そして、これが一番申し上げたいことです。再開発によって鈴蘭台は「全体が良くなった」のではありません。「街の中の差が開いた」のです。
これは断言できます。駅から平坦に歩ける家は、以前より売りやすくなりました。坂の上の家は、以前より売りにくくなりました。
同じ「鈴蘭台」という町名の中で、値段の差が広がった。それが、この10年に起きたことの正体です。
1. 私が見てきた鈴蘭台の50年
鈴蘭台という街は、戦後、山を削って造られた住宅地です。本格的に家が建ち始めたのは昭和30年代からでした。
神戸の街中で働く方が、電車で30分ほど山を登ったところに、庭付きの一戸建てを持つ。それが当時の憧れでした。
私が業界に入った昭和50年前後、鈴蘭台の建売住宅は1,000万円前後でした。土地が40坪、木造2階建て。それを新開地や兵庫区で働く30代のご夫婦が、必死になって買っていかれました。
そこからバブルです。同じような家が3,500万円まで上がりました。私も何十件と扱いました。
正直に申し上げますと、あの頃は、売る側も買う側も、値段が上がることを疑っていませんでした。
今、同じ場所の同じような家がいくらだと思われますか。坂の上、駅から徒歩18分、築45年。この条件だと700万円から900万円です。土地の値段だけ、というのが実態です。
50年やってきて分かったことがあります。家は古くなります。しかしそれ以上に、街は「歩ける街」と「歩けない街」に分かれていきます。鈴蘭台の50年は、まさにそれでした。
2. 2018年、駅前が変わった日
鈴蘭台の駅前に「ベルスト鈴蘭台」という再開発ビルが開業したのは、2018年の9月です。そしてその年の11月、坂の上にあった北区役所が、この駅前のビルに移ってきました。
これは、本当に良かったと思っています。
それまでの区役所は、駅から歩いて10分ほど、しかも上り坂の上にありました。雨の日、夏の暑い日、冬の凍る日に、80代のご高齢の方があの坂を上っていかれるのを、私は何度も見てきました。
それが、駅を降りてすぐ、エレベーターで上がれば済むようになったのです。印鑑証明を取るのも、住民票を取るのも、相続の手続きで戸籍を集めるのも、格段に楽になりました。
不動産屋としても、お客様と一緒に動くときの負担がまったく違います。
駅前に店舗が入り、駅前広場も整いました。ここは素直に、良い変化だと申し上げます。
3. では、地価はどれだけ動いたのか
ここからが本題です。正直に申し上げます。区役所が来たことで、鈴蘭台の地価が劇的に上がったという事実は、ありません。
なぜか。理由ははっきりしています。区役所というのは、毎日通う場所ではないからです。
前回、谷上の話を書きました。谷上が化けたのは、三宮までの運賃が550円から280円になったからです。毎日、毎月、家計から出ていくお金が変わりました。だから買主さんが出せる金額が変わり、相場が動きました。
区役所は違います。年に1回行くか行かないか、という方がほとんどです。年に1回の用事が便利になっても、住宅ローンの借入額は1円も増えません。
はっきり申し上げます。「区役所が来るから鈴蘭台は上がりますよ」という営業トークは、事実ではありませんでした。しかし、この一言で査定を吊り上げられた売主さんを、私は何人も知っています。
ただし、まったく無かったわけでもありません。実際に増えたものが、ひとつだけあります。
それは「坂の上に住んでおられる高齢のご夫婦から、駅前のマンションに移りたい」というご相談です。2019年以降、この住み替えの相談が、はっきり増えました。
つまり駅前の再開発は、鈴蘭台全体の値段を押し上げたのではなく、鈴蘭台の中で「坂の上から駅前へ」という人の動きを作ったのです。
売り物が坂の上に出て、買い手が駅前に集まる。この構図が、差をさらに広げました。
4. 変わらなかったもの
では、変わらなかったものは何か。坂です。
鈴蘭台の住宅地は、駅を中心に、四方の山を削って広がっています。駅から平坦に歩ける範囲は、正直なところ、そう広くありません。
多くのお宅が、こういう条件の中にあります。
- 駅から徒歩15分以上
- その大半が上り坂
- 家の前まで車が入らない
- 玄関までの階段が10段、20段ある
再開発は、この部分を1ミリも変えていません。変えられません。地形だからです。
これは覚えておいてください。不動産の値段を最後に決めるのは、建物でも駅名でもなく、地形です。50年見てきて、これだけは変わりませんでした。
もうひとつ変わらなかったのは、車です。鈴蘭台の坂の上で生活しようと思えば、車が要ります。ご夫婦なら1台では足りないご家庭もあります。
ところが、昭和に造られた家には、駐車場が1台分しかない、あるいはゼロという物件が珍しくありません。今の30代、40代のご家族が家を探すとき、駐車2台が入らない物件は、そもそも候補から外れます。
5. 同じ鈴蘭台でも、ここまで違います
ここが、今日いちばんお伝えしたいところです。同じ鈴蘭台でも、売れる家と売れない家が、はっきり分かれています。分かれ目は4つです。
- 駅まで平坦に歩けるか
- 家の前まで車が入るか
- 敷地に駐車場が2台取れるか
- 擁壁や階段に大きな負担がないか
この4つ全部に丸が付く家は、鈴蘭台でも今なお強いです。逆に、2つ以上バツが付くと、値段を下げても、なかなか動きません。
具体的に申し上げます。駅から徒歩7分、平坦、駐車2台の築30年の一戸建て。これは1,900万円から2,200万円で動きます。
駅から徒歩18分、上り坂、階段アプローチ、駐車1台の築45年の一戸建て。これは700万円から900万円です。
直線距離では1キロも離れていません。同じ小学校区のこともあります。それでも、値段は2倍以上違います。
再開発の前は、この差はもっと小さかったのです。駅前が便利になった分だけ、駅から遠い家の評価が、相対的に下がりました。良くなった街の裏側では、必ずこういうことが起きます。
6. 実際にあった3つの話
ここからは実例です。細かいところは変えていますが、金額と流れはそのままです。
Aさんという方がおられました。当時74歳。鈴蘭台の坂の上、駅から徒歩18分、築45年の一戸建てです。玄関まで階段が22段ありました。
奥様を亡くされて、息子さんのおられる明石に移りたいというご相談でした。
私は現地を見て、正直にお伝えしました。「1,000万円前後からのスタートが現実的だと思います」と。
Aさんは納得されませんでした。ご近所の方から「区役所が来て鈴蘭台は上がってるらしい」と聞いておられたからです。別の会社が1,900万円という査定を出し、Aさんはそちらに頼まれました。
結果を申し上げます。その家は、2年3か月かかって、最終的に740万円で売れました。途中で4回値下げをして、最後は買取に近い形です。
もし最初から1,000万円で素直に出していれば、半年から1年で売れていたと私は思っています。その2年3か月の間、Aさんは明石に移れず、固定資産税を払い、草を刈り、階段を上り下りされました。
「上がってるらしい」という一言が、Aさんから2年と、200万円以上を奪いました。
次はBさんご夫婦です。当時40代前半。お子さんが2人。ご主人は兵庫区へお勤めでした。2021年に、鈴蘭台駅から徒歩6分、ほぼ平坦、駐車2台、築25年の一戸建てを2,180万円でお買いになりました。
Bさんはこうおっしゃいました。「区役所も郵便局も買い物も駅前で全部済む。それで神戸市内で2,000万円台。この条件は他で見つかりませんでした」と。
これが、今の鈴蘭台を選ぶ方の本音です。区役所が来たことは、値段を上げたのではなく、この街を選ぶ理由のひとつになった。それだけのことです。
最後にCさんです。当時68歳のご夫婦。坂の上の築40年の一戸建てを1,180万円で売られ、駅から徒歩4分の築15年の3LDKマンションを1,680万円でお買いになりました。
差額の500万円と、諸費用と引っ越し代で、手元のお金はかなり減りました。金銭的には、決して得な話ではありません。
それでもCさんは、半年後にこうおっしゃいました。「雨の日に、傘をさして坂を上らんでええ。それだけで全然ちがう」と。
私は、この住み替えは正解だったと思っています。不動産の判断は、金額だけで決まるものではありません。あと何年、その家で暮らせるかで決まります。
7. 業界の裏側を、隠さず書きます
Aさんの話には続きがあります。私が本当に書きたいのは、ここです。
2016年から2018年にかけて、鈴蘭台の周辺では「区役所が来ますから、これから上がります」という営業が、かなり大々的に行われました。チラシにも書かれました。私の店にも、そのチラシを持ってこられたお客様が何人もおられます。
なぜそんなことをするのか。媒介契約を取るためです。
はっきり申し上げます。高い値段を付けた会社が、その値段で売ってくれるわけではありません。高い値段を付けた会社は、契約を取ってから、3か月ごとに値下げの相談をしてくるだけです。これを業界では「高預かり」と言います。
そして、売れない期間が長引くと、物件は「枯れ」ます。同じ物件がいつまでも出ていると、買主さんも同業者も「何かあるんちゃうか」と思う。そうなると、正しい値段まで下げても、もう反応が戻ってきません。Aさんの家に起きたのは、これです。
もうひとつ、鈴蘭台のような街で特に注意していただきたいのが「囲い込み」です。
囲い込みというのは、預かった物件を、他社の買主さんに紹介せず、自社で買主を見つけるまで隠しておくことです。他社から問い合わせが入っても「商談中です」と断ってしまう。
なぜこれが鈴蘭台で起きやすいのか。このあたりは地元の業者が強く、買主さんも地元経由で来られることが多いからです。
だから「うちで抱えていれば、そのうち自社で買主が見つかる」という計算が立ちやすい。売主さんからも買主さんからも手数料をもらう両手取引を狙う形です。
売主さんにとって、これは損以外の何ものでもありません。売れるまでの期間が延び、その間に払う固定資産税と管理の手間は、誰も補償してくれません。
それから、買取業者の話です。坂の上の古い家には、買取業者からのお手紙が頻繁に届きます。
買取の仕組みは、知ってしまえば当たり前の話です。業者は買った家を直して再販します。だから「再販できる値段」から、リフォーム代、諸費用、自分たちの利益を引いた金額しか出せません。相場の6割から7割です。これは業者が悪いのではありません。そういう商売だからです。
問題は、そこを説明せずに「今すぐ現金で買えます」とだけ言う会社があることです。買取が悪いのではありません。仲介と買取を並べて比べさせない会社が、危ないのです。
最後にもうひとつ。「売れないなら、とりあえず貸したらどうですか」という提案です。
聞こえはいいのですが、坂の上の築45年の家を借りたいという方は、ほとんどおられません。貸すためには水回りを直す必要があり、200万円、300万円かかります。それを回収するのに何年かかるか、必ず計算してください。
計算せずに勧めてくる会社は、リフォーム工事の利益を見ています。
8. 鈴蘭台のデメリットも、全部書きます
いい話ばかり書くと嘘になりますので、正直に書きます。
まず、寒さと雪です。鈴蘭台は、神戸の街中よりずっと標高の高いところにあります。
三宮が雨の日に、鈴蘭台は雪ということが、毎年のようにあります。路面が凍る日もあります。坂の上にお住まいだと、雪の日は車を出せません。これは実際に住んでみないと分からない部分です。
次に、電車です。鈴蘭台は神戸電鉄の有馬線と粟生線が分かれる駅で、乗り換えの拠点です。ここは便利な点です。
ただ、三宮に出るには新開地で乗り換えが必要で、30分前後かかります。運賃も安いとは言えません。
そして粟生線は、長く赤字が続いている路線です。将来の減便や運賃の見直しの話は、これまでも何度も出てきました。北区で家を持つということは、この鉄道の将来と付き合うということでもあります。
三つ目は、高齢化です。これは鈴蘭台の宿命だと思っています。
同じ時期に一斉に造られた街は、同じ時期に一斉に高齢化します。そして、同じ時期に一斉に空き家になります。
ご近所で同時に3軒売りに出た、ということが実際に起きています。売り物が重なれば、値段は下がります。「もう少し様子を見よう」という判断が、いちばん危ないのはこのためです。
四つ目は、敷地の広さです。意外に思われるかもしれませんが、鈴蘭台の古い家は敷地が広いことが多く、これが負担になります。
庭が広ければ草も伸びます。固定資産税もかかります。空き家のまま置いておくと、年に10万円から15万円が、ただ出ていくことになります。
最後に、値段そのものの見通しです。駅前が良くなったのは事実です。しかし「これから鈴蘭台全体が上がっていく」という材料は、正直、見当たりません。
駅前に近い物件は今後も一定の値段を保つと思いますが、坂の上の物件は、待っても状況は良くならないというのが、私の見立てです。
まとめ
鈴蘭台は、変わりました。しかし、変わったのは駅前だけです。
2018年にベルスト鈴蘭台ができ、北区役所が坂の上から降りてきました。これは間違いなく良い変化でした。けれど区役所は、毎日通う場所ではありません。だから地価が劇的に上がるということは、起きませんでした。
起きたのは、街の中の差が開いたということです。駅まで平坦に歩けて、車が2台停められる家は、今も強い。坂の上で、階段があって、車が入らない家は、以前より売りにくくなりました。
そして、この「鈴蘭台は変わった」という言葉を利用して、高すぎる査定を出す会社、囲い込みで売却を長引かせる会社、買取だけを勧める会社が、確実に存在します。
50年やってきて分かったことがあります。不動産で損をする人は、街全体の評判を見ます。
不動産で損をしない人は、自分の家が、その街の「どちら側」にあるのかを、正直に教えてくれる人を探します。
最後に、これだけは申し上げたい
もし今、鈴蘭台やその周辺に家をお持ちで、「うちはどうなんやろか」と気になっておられるなら、一度お聞きください。
売りやすい側にあれば、そう申し上げます。残念ながら売りにくい側であれば、その理由と、ではどうするのが一番損が少ないかを、隠さずお話しします。
坂の上の家は、待っても良くなりません。だからこそ、いつ、いくらで動くかを、早めに決めていただきたいのです。
私は売るために書いているのではありません。損をしていただかないために書いています。相談だけで結構です。売る売らないは、その後で決めていただければいいのです。
センチュリー21・ハートピア
田中章雄
カテゴリ:あきちゃんの不動産お役立ち情報 / 投稿日付:2026/08/11 09:08
こんにちは。神戸市北区で50年、不動産屋をやっております田中章雄、通称あきちゃんです。
今日は、谷上駅の話をします。私が50年この仕事をしてきた中で、「駅ひとつでこんなに景色が変わるのか」と本当に驚いた出来事が一度だけあります。それが谷上です。
北区にお住まいの方なら、2020年の6月に何が起きたか、覚えておられると思います。
北神急行が神戸市営地下鉄になった日です。あの日を境に、私の店の電話の鳴り方が変わりました。
ただ、ここで一歩立ち止まってください。「谷上が化けた」という話を、そのまま自分の家に当てはめてしまうと、大きく損をします。
化けたのは「駅」であって、「谷上一帯の不動産全部」ではないからです。今日はそこまで正直に書きます。
結論から申し上げます
谷上駅は、私が見てきた50年の北区の中で、一番はっきりと化けた駅です。理由はひとつだけ。運賃が半分以下になったからです。
2020年6月1日、北神急行電鉄は神戸市営地下鉄北神線になりました。その瞬間、谷上から三宮までの運賃が550円から280円になりました。
通勤1か月の定期は22,300円から10,620円です。月に1万1千円以上、年間で14万円近く、家計に現金が残るようになったということです。
これは断言できます。不動産の値段は、駅までの距離では決まりません。「そこに住んだときの毎月の負担」で決まります。
谷上は、建物も土地も何ひとつ変わっていないのに、住む人の毎月の負担だけが劇的に軽くなった。だから値段が動いたのです。
ただし、動いたのは駅から歩ける物件だけです。ここを勘違いした方が、私の周りで何人も損をしました。
1. 運賃が下がるというのは、資産価値が上がるということです
不動産屋がよく言う「利便性」という言葉、私はあまり好きではありません。ふわっとしていて、何のことか分からないからです。
利便性というのは、要するに「毎月いくらかかるか」と「毎日何分かかるか」の2つに翻訳できます。
谷上の場合、その片方が半分以下になりました。ご夫婦2人が三宮方面へ通うご家庭なら、月に2万円以上の差です。
これは、住宅ローンでいうと数百万円分の借入余力に相当します。
つまり、同じ年収の買主さんが、谷上なら「今までより数百万円高い家」を無理なく買えるようになった、ということです。買える金額が上がれば、相場は上がります。当たり前の話です。
50年やってきて分かったことがあります。不動産の相場を動かすのは、雰囲気ではありません。買主の財布です。
2. 三宮まで10分という数字が持つ、本当の意味
谷上から三宮まで、電車で10分です。新神戸までなら7分ほど。北区にお住まいの方は聞き慣れているので、あまりピンとこないかもしれません。
けれど、これを市外の方に言うと、たいてい2回聞き返されます。「10分ですか」「三宮までですか」と。
灘や東灘の駅前で三宮まで10分の物件を買おうと思ったら、いくらすると思われますか。同じ広さの3LDKで、4,000万円台の後半から5,000万円は覚悟しないといけません。
谷上駅の徒歩圏で、私が近年扱った築20年前後の3LDKは、2,500万円から2,900万円の間でした。
この差が、そのまま「谷上に住む金銭的な理由」になっています。市営化の前は、この差の理由が「運賃が高いから」で説明できてしまっていました。
今はその言い訳が消えました。だから見に来る人が増えたのです。
3. 買いに来る人の顔ぶれが、はっきり変わりました
これが一番の変化です。2019年までの谷上周辺で、家を買いに来られる方の多くは「もともと北区にご縁のある方」でした。ご実家が北区、勤め先が北区、お子さんの学校が北区。そういう方です。
2021年ごろから、まったく違う方が来られるようになりました。30代のご夫婦です。共働きで、お二人とも三宮か大阪へ通われる。北区にはご縁もゆかりもない。「谷上を調べていて来ました」とおっしゃるのです。
はっきり申し上げます。50年やってきて、北区の物件をインターネットで先に見つけてから来る若いご夫婦、というのは、市営化の前にはほとんどいませんでした。
需要というのは、人数ではなく「顔ぶれ」で見るものです。同じ10人でも、地元の10人と、市外から来た10人とでは、値段の付き方が違います。後者は比べる対象が「灘や東灘の相場」だからです。
4. 箕谷や神鉄沿線にも、ちゃんとおこぼれが来ました
谷上だけの話ではありません。北区の面白いところは、谷上が神戸電鉄との乗り換え駅だという点です。
箕谷、花山、大池、唐櫃台。このあたりにお住まいの方は、神鉄で谷上まで出て、そこから地下鉄に乗り換えます。その乗り換えの先が安くなったのですから、当然、沿線全体の通勤コストが下がりました。
箕谷には駅前に駐車場があって、車で駅まで来て電車に乗り換える方が昔から一定数おられます。市営化の後、「箕谷なら車を1台持ったままでも通える」という買い方をされる若いご家族が、確実に増えました。
ただし、ここも正直に申し上げます。おこぼれの量は、谷上を10とすると、箕谷で4か5、それより奥は2か3という感覚です。谷上と同じだけ上がったわけでは、決してありません。
5. 谷上でも「上がらなかった物件」が、はっきり存在します
ここが今日、一番お伝えしたい部分です。同じ谷上でも、上がった物件と、まったく動かなかった物件があります。分かれ目は3つです。
- 駅から歩けるかどうか
- 坂の上か下か
- 車がないと生活が回らないかどうか
この3つのどれかで引っかかると、市営化の恩恵はほとんど届きませんでした。
理由は単純です。谷上を選ぶ新しい買主さんは「電車が安く速いから」来ているのであって、「北区の自然が好きだから」来ているわけではないからです。その方たちにとって、駅まで歩けない物件には価値がありません。
むしろ市営化の後、駅前と駅から遠い物件の差は、前より開きました。同じ町名の中で、以前は300万円の差だったものが、今は700万円の差になっている。そういう場所があります。
6. 実際にあった3つの話
ここからは実例です。細かいところは変えていますが、金額と流れはそのままです。
Aさんという方がおられました。当時62歳。谷上駅から徒歩12分、築30年の一戸建てです。2019年の秋、お子さんの独立を機に売ろうとされました。
そのときの査定は1,850万円。3か月出しましたが、内覧はたった2件。買付はゼロでした。Aさんは「まあ、北区やしなあ」とおっしゃって、いったん売却をやめられました。
2021年の春、Aさんから電話がありました。「あきちゃん、もう一回やってみようか」と。同じ家を2,380万円で出しました。内覧は3週間で7件。2,300万円で成約しました。
家は何も変わっていません。むしろ2年古くなっています。変わったのは、駅から三宮までの運賃だけです。
次はBさんご夫婦です。当時30代半ば。ご主人が三宮、奥様が大阪の梅田へお勤めでした。2022年に、谷上駅から徒歩8分の築18年のマンションを2,650万円でお買いになりました。
Bさんはご契約のとき、こうおっしゃいました。「東灘で同じ間取りを見たら4,800万円でした。通勤時間は15分しか変わらない。この差はさすがに埋められないです」と。これが今の谷上を選ぶ方の、正直な本音です。
最後にCさん。これは残念な話です。Cさんは当時71歳。箕谷からバスで10分ほど、坂を上がった団地の一戸建てをお持ちでした。築42年。
2020年の夏、Cさんは近所の方から「市営化で北区は上がるらしい」と聞かれて、私のところへ来られました。私は正直にお伝えしました。「Cさんの物件は、駅から歩けません。上がる理屈が働きにくい場所です」と。
Cさんは納得されず、別の会社に頼まれました。その会社は1,280万円という値段を付けました。
結果を申し上げます。その物件は2年半かかって、最終的に980万円で売れました。途中で3回値下げをして、最後は買取業者に近い値段です。
もし2020年の時点で1,050万円くらいで素直に出していれば、半年で売れて、固定資産税も草刈りも管理も、2年ぶん払わずに済みました。「上がるらしい」という言葉が、Cさんから2年半と、200万円近くを奪ったのです。
7. 業界の裏側を、隠さず書きます
Cさんの話には続きがあります。私が本当に伝えたいのは、ここです。市営化が決まってから発表までの間、そして市営化の直後、北区の物件に対して、業界では2つのことが起きました。
ひとつは、高すぎる査定です。「北神線が市営化されますから、値上がりします」という一言は、売主さんに対して恐ろしいほどよく効きます。査定価格を相場より2割高く出しても、売主さんは疑いません。むしろ喜ばれます。
なぜそんなことをするのか。媒介契約を取るためです。
はっきり申し上げます。高い値段を付けた会社が、その値段で売ってくれるわけではありません。高い値段を付けた会社は、契約を取ってから、3か月ごとに値下げの相談をしてくるだけです。これを業界では「高預かり」と言います。
売れない期間が長引くと、物件は「物件が枯れる」という状態になります。同じ物件がいつまでも出ていると、買主さんもプロも「何かあるんちゃうか」と思う。そうなると、正しい値段に下げても、もう反応が戻りません。Cさんの物件で起きたのは、まさにこれです。
もうひとつは、その逆です。市営化の発表があった後、「今は売らないほうがいい。もっと上がりますよ」と言って、売却を止めた会社がありました。
これも善意ではありません。売主さんとの関係を切らさず、他社に取られないようにしておいて、いい時期に自社で両手取引を狙う。つまり売主さんからも買主さんからも手数料をもらう形に持っていくためです。その間に売主さんが払い続けた固定資産税や管理費のことは、誰も計算していません。
それから、買取業者の動きです。2020年から2021年にかけて、谷上と箕谷の周辺を、買取業者がかなり熱心に回っていました。
買取査定というのは、仕組みを知れば当たり前の話です。業者は買った家を直して再販します。だから「再販できる値段」から、リフォーム代、諸費用、そして自分たちの利益を引いた金額しか出せません。相場の6割から7割です。これは業者が悪いのではなく、そういう商売だからです。
問題は、そこを説明せずに「今すぐ現金で買えます」とだけ言う会社があることです。これは覚えておいてください。買取が悪いのではありません。仲介と買取を比べずに買取だけを勧める会社が、危ないのです。
8. 谷上のデメリットも、全部書きます
いい話ばかり書くと嘘になるので、正直に書きます。
まず、標高です。谷上駅は、地下鉄の駅としては日本でもかなり標高の高い場所にあります。トンネルを抜けると、そこは山の中の盆地です。
冬は三宮より確実に寒く、路面が凍る日があります。積雪する年もあります。三宮で雨の日に、谷上でみぞれということが、実際にあります。
次に、坂です。谷上・箕谷のあたりは平らではありません。駅から徒歩10分と書いてあっても、その10分が上り坂だと、体感はまったく違います。
私は物件をご案内するとき、必ずお客様と一緒に歩きます。図面の「徒歩10分」を信用してはいけません。
三つ目は、買い物です。谷上駅の周りに、大きな商業施設はありません。日常の買い物は車で少し走るか、岡場や鈴蘭台の方に出るか、三宮の帰りに済ませるかになります。
「電車が便利になった」ことと「生活が便利になった」ことは、別の話です。ここは冷静に見てください。
四つ目は、トンネル依存です。谷上と市街地をつないでいるのは、鉄道も道路もトンネルです。大きな災害や事故でトンネルが止まったとき、迂回路はかなり遠回りになります。この不安は、住んでみないと分からない部分です。
最後に、値段そのもののリスクです。市営化から数年が経ちました。値下げのインパクトは、もう相場に織り込まれています。
「これからまだ上がる」という前提で、相場より高い物件を買ってしまうと、次に売るときに苦労します。上がったのは事実です。しかし「上がり続ける」わけではありません。ここを混同しないでください。
まとめ
谷上駅は、北区で一番化けた駅です。これは間違いありません。2020年6月1日、運賃が550円から280円になった日に、谷上は「不便な北区の駅」から「三宮まで10分の安い駅」に変わりました。
ただし、化けたのは駅であって、谷上の不動産全部ではありません。駅から歩ける物件は上がりました。歩けない物件は、むしろ差を広げられました。
そして、この「化けた」という話を利用して、高すぎる査定を付ける会社、売却を引き延ばす会社、買取だけを勧める会社が、確実に存在します。
50年やってきて分かったことがあります。不動産で損をする人は、相場が上がったか下がったかを気にします。
不動産で損をしない人は、自分の物件が「上がる側」なのか「上がらない側」なのかを、正直に教えてくれる人を探します。
最後に、これだけは申し上げたい
もし今、谷上や箕谷、その周辺に物件をお持ちで、「うちも上がったんやろか」と気になっておられるなら、一度お聞きください。
上がっていれば上がっていると申し上げますし、残念ながら上がっていない場所であれば、その理由と、ではどうするのが一番損が少ないかを、正直にお話しします。
私は売るために書いているのではありません。損をしていただかないために書いています。相談だけで結構です。売る売らないは、その後で決めていただければいいのです。
センチュリー21・ハートピア
田中章雄
カテゴリ:あきちゃんの不動産お役立ち情報 / 投稿日付:2026/08/10 06:13
こんにちは。神戸市北区で50年、不動産屋をやっております田中章雄、通称あきちゃんです。
今日は、少し大きな話をさせてください。家というものは、いったい何なのか。50年この仕事をやってきて、私がずっと考え続けてきたことです。
売った家、買っていただいた家、そして壊した家。数えたことはありませんが、何千件と関わってきました。
その中で、一つだけ、はっきりしてきた答えがあります。
結論から申し上げます
家は、資産ではありません。
家は、時間の入れ物です。
ただし、売る日が来た瞬間、家は容赦なく資産に戻ります。
この二つを両方分かっている人だけが、家で損をしません。どちらか片方しか見ていない方は、必ずどこかで泣きます。
これは断言できます。50年見てきて、例外はほとんどありませんでした。
1. 住んでいる間、家に値段はありません
不動産屋がこんなことを言うのは、おかしいと思われるかもしれません。けれど、これは本当のことです。
今日あなたが住んでいる家に、値段はついていません。朝、台所で味噌汁の匂いがして、子どもが階段を駆け下りてきて、玄関でランドセルを引っかける。その家に「2,800万円」という札は下がっていません。
家の柱についた背比べの傷。雨漏りを直したときに残った天井のシミ。ご主人が最後に座っておられた、居間の窓際の場所。
これは、いくらですか。値段はつきません。つけようがありません。
50年やってきて分かったことがあります。人が家に本当に求めているのは、坪単価でも駅からの分数でもありません。そこで過ごした時間が、なかったことにならないという安心です。家というのは、その時間を入れておく箱なのです。
2. けれど、売る日には必ず値段になります
ここで一歩立ち止まってください。ここからが、今日いちばん申し上げたいところです。
家は時間の入れ物ですが、売る日が来た瞬間、その入れ物は市場に出されます。そして市場は、中に入っている時間を一切見ません。
買主が見るのは、立地、面積、築年数、状態だけです。あなたの30年間は、査定書のどこにも書かれません。冷たいと思われるでしょう。私も、若い頃はそう思いました。
けれど、これが現実です。はっきり申し上げます。思い出は一円にもなりません。
ここを分かっていない方が、売却でいちばんつらい思いをされます。「うちの家は大事に住んできたから、もっと高いはずだ」。この気持ちは、痛いほど分かります。分かりますが、値段は動きません。
家は、住んでいる間は時間の入れ物で、手放す日には冷たい商品になる。この切り替わりを、買う前から知っているかどうか。それが、30年後の景色を変えます。
3. Cさんの実家の話をさせてください
去年、74歳の女性、Cさんから相談をいただきました。お母様が施設に入られ、神戸市北区にあるご実家が空き家になったという話です。
築52年の木造二階建てでした。駅から徒歩18分、バス便のある地区です。固定資産税は年に11万円ほど、それとは別に、風を通しに月2回通っておられました。
Cさんは、こうおっしゃいました。「父が建てた家です。できれば残したい」。私は、その気持ちを否定しませんでした。
けれど、数字は正直に申し上げました。
建物にはほぼ価値がありません。土地としての評価です。そのまま売るなら1,450万円前後。解体して更地にすれば1,680万円前後になりますが、解体費用が180万円かかります。さらに、更地にした翌年から固定資産税の住宅用地の軽減がなくなり、税額が数倍に上がります。
Cさんは、しばらく黙っておられました。そして、「父の家が180万円かけて消える話なんですね」と言われました。私は、そうです、と申し上げました。嘘をついても、事実は変わりません。
ここで大事なのは、そのあとです。私はCさんに、売る前に一度、ご家族で家に集まってくださいとお願いしました。写真を撮って、お父様が使っておられた道具を一つだけ持ち帰ってください、と。
半年後、Cさんは売却を決められました。家は解体され、今は若いご夫婦の新しい家が建っています。Cさんは、こう言われました。
「あきちゃん、家は消えたけど、あの日に持ち帰った父の物差しがうちにあるから、大丈夫です」
家というものは何か。私はこの仕事で、この答えに一番近づいた気がしました。家は、時間の入れ物です。そして、入れ物は最後に空にして手放すものです。空にする手続きを飛ばして、いきなり値段の話から入ると、人は納得できないのです。
4. 出口を見てから買った、Dさんご夫婦の話
もう一組、対照的な話をします。38歳と36歳のDさんご夫婦。お子さんが二人、当時5歳と2歳でした。
ご夫婦は最初、3,180万円の新築建売を見ておられました。日当たりもよく、設備もきれいで、営業の方の説明も上手でした。「一生ものの住まいですよ」という言葉も出たそうです。
私は、一つだけ質問しました。
「この家を、20年後に売るとしたら、いくらで売れると思われますか」
ご夫婦は、答えられませんでした。当然です。買う日に出口の話をする人は、ほとんどいません。
その物件は、車がすれ違えない道の奥にありました。前面道路は4mを切っていて、建て替えのときにセットバックが要ります。新築のうちは売れますが、20年経って中古になった瞬間、この立地は極端に弱くなります。
私は、別の土地をお見せしました。値段は2,380万円。建物は少し古く、築15年の中古です。見た目は前の物件に負けます。正直、奥様は最初がっかりされていました。
けれど、駅まで徒歩11分、前面道路は6m、南向き。20年後に売っても、買った値段から大きくは落ちない場所です。
ご夫婦は、こちらを選ばれました。35年ローンで、月々の返済は9万2千円。前の物件より、月々2万円ほど軽くなりました。
それから8年経ちました。去年、下のお子さんが中学に上がるときに、ご夫婦が挨拶に来られました。奥様が笑いながら、「あのとき、あきちゃんに止められてよかった」と。
この8年、ご夫婦はその家で時間を積んでこられました。そして、その家はいざというときに売れる家でもあります。家というものは何か。この両方が成立している状態を、私は良い家と呼んでいます。
5. 業界が「家とは何か」を語らない理由
ここからは、正直に業界の裏側を申し上げます。
不動産の営業は、思い出を売ります。「奥様、ここでお子さんが宿題をされる姿が目に浮かびますね」「一生ものの住まいです」「家族の夢が形になりますね」。
こういう言葉が悪いとは言いません。けれど、はっきり申し上げます。これは、出口の話をさせないための言葉でもあります。
買う日に「20年後この家はいくらですか」と聞かれると、答えにくい物件はたくさんあります。だから、値段の話ではなく、気持ちの話に持っていくのです。契約は気持ちで決まりますから、そのほうが早い。
そして、売る側になった途端、業界の態度は逆になります。
- 高い査定額で預かって売主を安心させる、いわゆる「高預かり」
- 他社の問い合わせを「商談中です」と断って自社で買主を探す「囲い込み」
- 売主と買主の双方から手数料を取る「両手取引」
- 売れない時間を作り、疲れた頃に「そろそろ下げましょう」と持ちかける値下げ誘導
買うときは思い出を語り、売るときは思い出を無視する。同じ業界が、同じ人に対して、これをやります。私はこれが、50年でいちばん嫌だったことです。
もう一つ。買取査定のカラクリも申し上げておきます。買取業者の提示額が相場の6割から7割になるのは、その業者が悪いからではありません。買い取って、直して、利益を乗せて売るのですから、当然そうなります。
問題は、それを「今すぐ現金化できますよ」という言葉だけで勧める売り方です。急いでいない方が買取を選ぶと、数百万円が消えます。急いでおられる方には、買取は正しい選択です。この違いを説明しない会社が、多すぎます。
6. 正直に、家を持つことのデメリットを申し上げます
いいことばかり書くと、嘘くさくなります。不動産屋がこれを言うのは商売として損ですが、書きます。
家を持つと、身動きが取りにくくなります。転勤、離婚、親の介護、収入の変化。人生の変わり目に、家は必ず足かせになります。
お金も出続けます。固定資産税、火災保険、10年から15年ごとの外壁と屋根、給湯器の交換、シロアリの点検。35年で見れば、建物には数百万円単位で追加のお金がかかります。
そして、これがいちばん申し上げにくいことです。あなたが大事にしてきた家は、いつか、お子さんにとって片づける対象になります。
相続で兄弟が揉めるのは、たいてい現金ではなく家です。分けられないからです。売るか、誰かが住むか、空き家のまま放っておくか。この三択で、家族の関係が壊れる場面を何度も見てきました。
家というものは何か、と考えるときに、この現実からは逃げられません。時間の入れ物は、次の世代にとっては重い荷物にもなります。
ですから私は、家を買われる方にも、持っておられる方にも、同じことを申し上げます。いつか手放す日が来ることを前提に持ってください、と。そのほうが、その家で過ごす時間は、かえって濃くなります。
まとめ
家というものは何か。50年かけて出した私の答えを、もう一度申し上げます。
家は、資産ではありません。時間の入れ物です。けれど、手放す日には、容赦なく資産に戻ります。
ですから、家と付き合うときに見るべきものは、この三つです。
- その家で、どんな時間を過ごしたいか
- その家は、20年後に売れる場所にあるか
- その家を、最後に誰がどう片づけるか
この三つを最初に考えた方は、まず失敗しません。
一つ目しか考えなかった方は、出口で泣きます。二つ目しか考えなかった方は、住んでいる間ずっと落ち着きません。三つ目を考えなかった方は、お子さんの代で揉めます。
これは断言できます。家で幸せになった方は、必ず、この三つを最初に並べておられました。
最後に、これだけは申し上げたい
家の話は、一生に一度か二度のことです。そして、たいていの方は、誰にも相談できないまま迷っておられます。
「実家をどうしたらいいのか、まだ決めていない」「そもそも、うちは家を買うべきなのかどうかが分からない」。その程度の入り口で、まったく構いません。
売らないほうがいいと思えば、そう申し上げます。買わないほうがいいと思えば、正直に止めます。それで私に一円も入らなくても、それが50年やってきた者の仕事だと思っています。
あなたの家に入っている時間を、値段の話だけで終わらせたくないのです。どうぞ、気楽にご相談ください。
センチュリー21・ハートピア
田中章雄
カテゴリ:あきちゃんの不動産お役立ち情報 / 投稿日付:2026/08/09 06:07
こんにちは。神戸市北区で50年、不動産屋をやっております田中章雄、通称あきちゃんです。
今日は、少し照れくさい話をさせてください。なぜ私が、この歳になっても「あきちゃん」と呼ばれているのか。その理由をお話しします。
77歳の爺さんが「あきちゃん」です。おかしいでしょう。自分でも、たまにおかしいと思います。
けれど、これには理由があります。そして、その理由は、あなたが不動産屋を選ぶときに本当に見るべきものと、ちょうど重なっています。
結論から申し上げます
私が「あきちゃん」と呼ばれているのは、人柄がいいからではありません。
はっきり申し上げます。私は気が短いですし、口も悪いほうです。亡くなったうちの家内に聞くことができたなら、たぶん3分は文句が出ます。
理由はもっと単純です。
50年、この街から一度も逃げなかったからです。
名前で呼ばれる不動産屋は、逃げられないのです。
1. 始まりは、27歳のときのひとことでした
私がこの仕事を始めたのは、20代の半ばです。まだ神戸市北区が今のように住宅地として整う前、山と田んぼと古い集落が混ざっていた頃の話です。
27歳のとき、近所に住んでいたおばあちゃんに、土地のことで相談を受けました。そのおばあちゃんが、私をこう呼んだのです。
「章雄ちゃん、ちょっと来て」
田中さんでも、担当者さんでもありません。「章雄ちゃん」です。その頃の私は、それが少し悔しかった。一人前に見られていない気がしたのです。
けれど、そのおばあちゃんの土地の件を半年かけて片づけたあと、近所の人が次々に同じ呼び方をするようになりました。「章雄ちゃん」が、いつの間にか「あきちゃん」になりました。50年、それがそのまま残っただけの話です。
2. 私は「営業マン」ではなく「近所の人」でした
50年やってきて分かったことがあります。お客様は、不動産の知識で不動産屋を選んでいるのではありません。
「この人は、来年もここにいるか」で選んでいます。
私は、この街で子どもを育てました。同じスーパーで買い物をして、同じ病院に通って、同じ神社の掃除に出ています。契約が終わったあとも、道で会うのです。
これは断言できます。道で会う関係の商売は、いいかげんなことができません。半年後に会ったときに目をそらさなければいけないような売り方をしたら、この街では生きていけないからです。
大手の営業マンは、そうではありません。彼らは悪い人ではないのですが、2年から3年で異動します。転勤です。売ったあと、その街にいないのです。
ここで一歩立ち止まってください。あなたの家を担当する人は、3年後もその街にいますか。これは、意外と大事なことです。
3. 名前で呼ばれる不動産屋は、逃げられません
肩書きで呼ばれる商売と、名前で呼ばれる商売は、まったく別物です。
「支店長」「営業部長」「不動産コンサルタント」。こういう呼び方は、責任が肩書きに乗ります。人ではなく、役職に乗るのです。
だから、その人が異動しても、話は次の支店長に引き継がれて終わりです。
「あきちゃん」は違います。失敗したら、田中章雄という個人が、この街で50年言われ続けます。逃げ場がありません。
だから私は、無理な売り方をしません。できないのです。臆病だからです。正直に申し上げると、それだけの話です。
4. 「売らないほうがいい」と言えるかどうか
人柄という言葉を、私はあまり信用していません。不動産屋の人柄は、笑顔でも、腰の低さでも、丁寧な言葉づかいでもありません。
自分の手数料が消える提案を、口に出せるかどうかです。
去年、60歳のBさんという男性から相談を受けました。「2,780万円の中古戸建てを買おうと思っている。どう思うか」
現地を見に行きました。日当たりもよく、間取りも悪くない。奥様も気に入っておられました。けれど、裏の擁壁が古かったのです。
業者に見てもらったら、10年以内に手を入れる必要があり、その費用がおよそ400万円でした。売主側は、その話を一切していませんでした。
私は、Bさんに止めていただきました。その取引が成立していれば、うちに入るはずだった仲介手数料は98万円です。それが消えました。
けれど、Bさんは今も年に一度、うちに顔を出してくださいます。先月も来られて、笑いながらこう言われました。「あきちゃんに止めてもろて助かったわ」
98万円と、10年通ってくださる関係。どちらが商売として得か。50年やっていれば、答えは出ています。
5. Aさんの話をさせてください
もう一人、忘れられない方がいます。藤原台にお住まいだったAさん。72歳の女性です。
ご主人を亡くされて、築48年の一戸建てを売ることになりました。駅から徒歩12分、固定資産税は年に9万8千円かかっていました。
Aさんは、他社の査定も取っておられました。その会社の査定額は2,480万円です。うちの査定は1,980万円でした。500万円も差があります。
普通なら、高いほうに頼みます。Aさんも、最初はそちらに預けられました。けれど、半年経っても売れませんでした。そして半年後、その会社が持ってきた提案が「1,850万円に下げましょう」でした。
ここが、業界のよくある流れです。最初から高く売る気などありません。高い査定で預かって、時間をかけて疲れさせて、下げるのです。
Aさんは、うちに来られました。私は2,050万円で出しました。実際に売れる値段より、ほんの少しだけ上に置いた数字です。3か月で売れました。仲介手数料は74万円です。決して大きな金額ではありません。
なぜAさんがうちに来られたか。30年前、Aさんの息子さんがアパートを探していたときに、私が3日かけて一緒に歩いたからです。賃貸の仲介です。手数料など、たかが知れています。
その3日が、30年後に戻ってきました。私が「あきちゃん」と呼ばれる理由は、こういうことの積み重ねです。
6. 業界の裏側を、正直にお話しします
不動産の世界には、あえて「先生」と呼ばせたがる人たちがいます。資格の名前を名刺に7つも8つも並べて、権威で信用させようとするやり方です。
はっきり申し上げます。資格の数と、あなたが損をしないかどうかは、ほとんど関係ありません。
もっと言いにくいことも申し上げます。大手にお願いすると、担当者が変わります。売却の話をした担当者と、契約のときの担当者と、引き渡しのときの担当者が別人だった。これは珍しくありません。
それから、「囲い込み」です。自社で買主も見つければ、手数料が売主と買主の両方から入ります。いわゆる「両手」です。
だから、他社から「その物件を見せてください」と問い合わせが来ても、「商談中です」と断る会社があります。売主には知らされません。売主は、ただ「売れませんねえ」と言われ続けます。
なぜこんなことが起きるか。担当者が、その街の人ではないからです。半年後にスーパーで売主と鉢合わせしないなら、断ることに痛みがありません。
逆に言えば、道で会う不動産屋には、それができません。これが、地域の不動産屋を選ぶ、いちばん現実的な理由です。
7. 正直に、デメリットも申し上げます
いいことばかり書くと、嘘くさくなります。ですから、うちの弱いところも書きます。
まず、広告力では大手に勝てません。全国のネットワークも、テレビCMも、専任の宣伝部隊もありません。県外から神戸に移ってこられる方への露出は、大手のほうが強いです。
次に、人数が少ないです。私と、限られた人数でやっています。夜中に電話をいただいても、その場では出られないことがあります。
それから、これは私の悪いところですが、はっきり言いすぎます。
「その値段では売れません」「その家は買わないほうがいいです」。こういう言い方をされるのが嫌な方には、うちは向きません。夢を壊されたと感じられる方もいます。実際、そう言われて帰られたお客様も何人もいらっしゃいます。
最後に、あきちゃんと呼ばれることのデメリットも申し上げます。親しくなりすぎると、値段の話がしにくくなる方がおられます。近所づきあいの延長で相談に来られて、こちらが厳しい数字を言うと、裏切られたように感じてしまう。これは、私の側の課題でもあります。
ですから私は、親しい方ほど、数字の話は他人行儀に、はっきり言うようにしています。そこだけは、あきちゃんではなく田中章雄でいるようにしています。
まとめ
私が「あきちゃん」と呼ばれる理由は、人柄でも、愛想でも、営業のうまさでもありません。50年、この街から逃げなかったからです。そして、逃げられない場所に自分を置いてきたからです。
不動産屋を選ぶとき、笑顔や肩書きや査定額の高さを見てはいけません。見るべきものは、たった三つです。
- その人は3年後もこの街にいるか
- その人は自分の手数料が消える話を口に出せるか
- その人はデメリットを先に言うか
この三つがそろっている相手なら、名前が何であろうと、たいてい大丈夫です。
逆に、この三つがない相手は、どれだけ丁寧で、どれだけ笑顔でも、危ないと思ってください。これは断言できます。50年見てきて、例外はほとんどありませんでした。
最後に、これだけは申し上げたい
家や土地の話は、一生に一度か二度のことです。聞くのが恥ずかしい話でも、まだ売ると決めていない段階でも、まったく構いません。
「うちの実家、どうしたらいいんやろか」。その程度の入り口で、十分です。
売るべきでないと思えば、売らないほうがいいと申し上げます。今は待ったほうがいいと思えば、そう申し上げます。それで私に一円も入らなくても、それが50年やってきた者の仕事だと思っています。
どうぞ、気楽に「あきちゃん」と呼んでください。
センチュリー21・ハートピア
田中章雄
カテゴリ:あきちゃんの不動産お役立ち情報 / 投稿日付:2026/08/08 07:19
こんにちは。神戸市北区で50年、不動産屋をやっております田中章雄、通称あきちゃんです。
今日は、私がこの仕事で一番大切にしていることを、一つだけ書きます。
一つだけ、というのが大事です。
十個も二十個も並べる不動産屋を、私は信用しません。パンフレットに「誠実」「迅速」「地域密着」「お客様第一」と四つも五つも並べてある会社ほど、いざ契約の場になると何も守っていない。50年見てきて、これははっきりしています。
だから私は、一つに絞りました。守れることしか書かない、というのも私なりの正直さのつもりです。
結論から申し上げます
私がこの仕事で一番大切にしているのは、
都合の悪いことを、契約の前に、こちらから言う。
これだけです。
聞かれたら答える、ではありません。こちらから、先に言う。しかも契約が済んだあとではなく、お客様がまだ「やめる」という選択肢を持っている段階で言う。
たったこれだけのことです。難しい理屈は一つもありません。
けれど、これができている不動産屋は、私が知る限り半分もいません。
1. なぜ「聞かれたら答える」では駄目なのか
お客様は、何を聞けばいいのか分からないからです。
これは断言できます。不動産の取引で損をする人は、頭が悪いのでも欲張りなのでもありません。「そこに聞くべきことがある」と気づけないだけです。
前の道が私道で、その持ち主が誰なのか。水道管が隣の敷地の下を通っているのか。擁壁が何年前に積まれたもので、今の基準を満たしているのか。
こんなものは、素人が思いつくはずがありません。家を買うのは人生で一度か二度。私は50年で何千件も見てきた。この差は、努力では埋まりません。
ですから、知っている側が先に言うしかない。
「聞かれなかったから言わなかった」
これは業界で一番よく使われる言い訳です。そして法律上は、これで通ってしまうことが少なくない。だから私は、自分に禁じました。
2. 言うタイミングは「契約前」でなければ意味がない
不動産の取引には、重要事項説明という手続きがあります。契約の直前に、宅建士が物件の欠点も含めて読み上げるものです。
法律を守るという意味では、ここで言えば違反ではありません。
けれど、はっきり申し上げます。あの場で欠点を初めて聞かされて、「やめます」と言えるお客様は、100人に3人もいません。
考えてみてください。手付金を用意して、印鑑を持って、家族の予定も調整して、その席に座っている。ご主人は会社を半日休んでいる。奥さんは実家に報告済み。子どもの学校の話まで進んでいる。
そこで「実は前面道路が私道で、掘削の承諾が取れていません」と言われて、立ち上がれますか。
立てないんです。だから業界は、その席まで黙っていられる。
私はこれを、卑怯だと思っています。だから私は、案内の車の中で言います。まだ何も始まっていないうちに、です。
3. 実際にあった話をします
3年前、藤原台のある中古戸建てを、Bさんご夫婦(ご主人44歳、奥さん41歳、お子さん2人)にご案内しました。
築28年、価格は2,780万円。日当たりがよく、間取りも学区も申し分ない。奥さんは玄関を入って30秒で「ここがいい」とおっしゃいました。ご主人も乗り気でした。
私はその場で、三つ申し上げました。
- 裏の擁壁が築年数と同じ28年もので、今の基準では確認が取れていないこと
- そのため将来売るときに、買主のローンが通りにくくなる可能性があること
- 直すとなれば、規模から見ておそらく300万円前後かかること
奥さんの顔から、笑顔が消えました。
正直に申し上げると、私は一瞬、言わなければよかったかと思いました。人の喜んでいる顔を自分で消すのは、50年やっても慣れません。
ご夫婦はその日、決めずに帰られました。
それから2週間、連絡がありませんでした。私は「他社で買われたな」と思っていました。実際、そういうことはよくあります。
3週間目に電話が鳴りました。
「あの家、やっぱり買います。あきちゃんが言うてくれた300万を、値段の交渉に使いたいんですけど、できますか」
私は売主側と交渉し、最終的に2,600万円でまとまりました。180万円下がった計算です。
そのうえでBさんは、擁壁の調査だけ先にやっておきたいとおっしゃった。私も同意しました。
この話には、続きがあります。
去年、Bさんの奥さんのお姉さん夫婦が、家を売りたいとうちに来られました。お姉さんはこうおっしゃいました。
「妹から聞いてます。悪いことを先に言う不動産屋さんやと」
私が50年で欲しかったのは、この一言です。売上ではありません。
4. 業界がなぜ「先に言わない」のか、本当の理由を書きます
きれいごと抜きで書きます。
一つ目。言えば、その場で契約が壊れるからです。
不動産の営業には、たいてい月ごとの数字があります。今月あと1本という状態で、目の前のお客様が乗り気になっている。そこで欠点を出せば、まず飛びます。飛べば数字が届かない。届かなければ、上司に詰められる。
だから黙る。悪人だから黙るのではありません。追われているから黙るんです。ここが厄介なところです。
二つ目。両手取引の構造です。
売主からも買主からも手数料をもらう形になると、その物件は「絶対に自分のところで決めたい」物件になります。買主に不利な情報を出すと、その決めたい取引が壊れる。すると、口が重くなる。
これは個人の良心の問題ではなく、仕組みの問題です。仕組みが黙らせるんです。
三つ目。売主自身が隠したがることがあります。
雨漏りの跡、シロアリの駆除歴、近所とのもめごと。売主から「言わんでええやろ」と言われることは、正直に申し上げて、今でもあります。
私はこれを断ります。断って媒介を取れなかったことも、一度や二度ではありません。
5. 正直に言うことの、デメリットも書きます
いいことばかりではありません。ここを書かないと、私が嫌っている「きれいな不動産屋」と同じになってしまいます。
まず、売れるのが遅くなります。
うちが預かった物件は、他社より成約まで平均して1か月ほど長いと思います。欠点を先に出せば、当然、迷う人が出るからです。
次に、価格が下がることがあります。
Bさんの件がまさにそうで、売主から見れば180万円の値下げでした。私が黙っていれば、その180万円は下がらなかったかもしれない。売主側から見れば、私は損をさせた不動産屋です。
ただ、私はそれでいいと思っています。あとで擁壁のことが発覚して契約解除になったり、引き渡し後に揉めたりするほうが、売主にとってはるかに痛い。50年で、そういう後始末を何十件も見てきました。
それから、お客様を不安にさせます。
「そんなに欠点ばっかり言われたら、どの家も買えなくなる」
そう言われたことがあります。ごもっともです。欠点のない家など一軒もありませんから、全部言えば全部が不安になる。
ですから私は、必ずこう付け加えるようにしています。この欠点は、いくらで直るのか。直せないものなのか。直せないなら、いくら値段に反映させるべきなのか。
欠点を言いっぱなしにするのは、ただの無責任です。そこまで言って初めて、正直と呼べます。
最後に、儲かりません。
これははっきり申し上げます。50年やって、私は大きな財産を作れませんでした。同期で派手にやった連中のほうが、はるかに稼いでいます。
けれど、私は今も北区で店を開けていて、彼らの何人かはもういません。
6. なぜ、これを一番大切なことに選んだのか
若い頃の私は、こうではありませんでした。
30代の頃、私は「言わない側」の人間でした。詳しくは以前にも書きましたが、道路の件を黙ったまま契約まで進めて、引き渡しのあとにお客様から電話をもらったことがあります。
「田中さん、知ってはったんですか」
この一言を、50年経った今でも覚えています。私は何も答えられませんでした。
50年やってきて分かったことがあります。
不動産屋が持っている一番の武器は、情報です。そしてその情報を、出すか出さないかを決められる立場にいる。
出さなければ、その日は儲かります。出せば、その日は損をします。
けれど20年、30年という単位で見ると、話がひっくり返る。出さなかった不動産屋のところには、二度目のお客様が来ません。紹介も来ません。地元で商売が続かなくなる。
私が50年続けられた理由は、腕がいいからではありません。出す側を選んだから、それだけです。
まとめ
私がこの仕事で一番大切にしていることは、都合の悪いことを、契約の前に、こちらから言うことです。
聞かれてから答えるのでは遅い。重要事項説明で言うのでも遅い。お客様がまだ「やめます」と言える段階で、こちらから出す。
そのせいで、契約は飛びます。価格は下がります。儲かりません。
それでも私はこれを選びました。50年やって、この選び方が間違っていたとは一度も思っていません。
最後に、これだけは申し上げたい
もし今、どこかの不動産会社と話を進めていらっしゃるなら、一度だけ聞いてみてください。
「この物件の、一番悪いところを教えてください」
この質問に、10秒黙ってから答える会社は、たぶん考えてから正直に言おうとしています。すぐに「特にありません」と返ってくる会社は、見ていないか、言う気がないかのどちらかです。
そして、うちに聞きに来ていただいても構いません。他社で進んでいる話でも結構です。売る予定がなくても結構です。
私は、その物件の悪いところから先にお話しします。それが、私の50年です。
センチュリー21・ハートピア
田中章雄
カテゴリ:あきちゃんの不動産お役立ち情報 / 投稿日付:2026/08/07 06:31
こんにちは。神戸市北区で50年、不動産屋をやっております田中章雄、通称あきちゃんです。
今日は、私がこの仕事を始めた50年前の不動産と、今の不動産が、何がどう変わったのかという話をします。
私が不動産屋の見習いとして働き始めたのは、昭和50年です。
北区の山を切り開いた新しい団地が、次から次へとできていた頃でした。
「昔はよかった」という話をしたいのではありません。
むしろ逆です。今のほうが良くなったところは、たくさんあります。でも、今のほうが危なくなったところもあります。
50年ずっと同じ場所で、同じ商売を見てきた人間として、何が変わって、何が変わらなかったのかを正直に書きます。
結論から申し上げます
50年で一番変わったのは「情報」です。そして一番変わらなかったのは「人が家を手放す理由」です。
昔、不動産の情報は、不動産屋の頭の中と、手書きの台帳の中にしかありませんでした。今は、スマホで誰でも見られます。
けれど、お客様が家を売りに来る理由は、50年前も今もまったく同じです。お金、家族、そして死。この3つ以外の理由で家を売った人を、私はほとんど見たことがありません。
これは断言できます。道具は変わりました。人は変わっていません。
1. 情報が「不動産屋の秘密」から「誰でも見られるもの」になった
昭和50年当時、相場を知っているのは不動産屋だけでした。
店の壁に手書きの物件広告を貼って、それを見にお客様が歩いて来る。図面は手描き、契約書はカーボン紙の複写。店にコピー機すらありませんでした。
ですから、売主さんも買主さんも「この値段が高いのか安いのか」を自分で確かめる手段がなかったのです。不動産屋が「このあたりは坪15万円ですわ」と言えば、それが正解になってしまいました。
今は違います。スマホで、同じ町の似た物件が3秒で並びます。
これは間違いなく良い変化です。私は歓迎しています。私ら不動産屋にとっては、嘘がつけなくなったということですから。
2. 土地が「持っていれば上がるもの」から「選ばないと下がるもの」になった
昭和50年代、北区の団地の土地を買った人は、ほぼ全員が儲かりました。
買って10年放っておいたら、値段が倍になっている。そういう時代でした。当時は「どこを買うか」を真剣に考える必要すらなかったのです。
今は、真逆です。
同じ神戸市北区の中でも、駅から歩けるところは値段が保たれています。一方で、バス便で坂の上にある団地は、30年前の3分の1になっているところもあります。
50年やってきて分かったことがあります。昔は「買うこと」自体が正解でした。今は「どこを買うか」だけが正解を決めます。
3. 主役が「買う若夫婦」から「売る高齢者」に入れ替わった
昔、店に来られるお客様のほとんどは、30代のご夫婦でした。子どもができたから家がほしい、という相談です。
今、うちの店に来られるお客様の半分以上は、70代から80代の方か、その息子さん娘さんです。相談の中身は「親の家をどうするか」です。
北区の団地は、昭和40年代から50年代に一斉に開発されました。同じ時期に、同じくらいの年代の方が一斉に入居されました。ですから、一斉に高齢化しました。
そして今、その家が一斉に売りに出てきています。
4. 規制が厳しくなって、素人が丸ごと騙される事故は減った
昔の重要事項説明は、紙が数枚でした。今は分厚い束です。
正直に申し上げると、書類仕事は昔の何倍にも増えて、現場は大変です。けれど、これは必要な変化でした。
昔は、道路に接していない土地を「家が建ちます」と言って売った業者が、実際にいました。今それをやったら免許が飛びます。
面倒くさくなった代わりに、素人の方が丸ごと騙される事故は、確実に減りました。
5. 私が50年前に土地を売ったAさんの話
昭和51年に、北区の団地の土地を買われたAさんという方がいます。当時38歳、私は27歳でした。
土地は約60坪、値段は350万円でした。当時のサラリーマンの年収が150万円ほどですから、年収の2年分ちょっとです。
Aさんはその土地に家を建てて、お子さんを2人育てられました。
平成の初め、この土地の値段は3,200万円まで上がりました。Aさんは店に来て「章雄くん、わしは天才やな」と笑っておられました。
そして去年、Aさんの息子さんから電話がありました。
Aさんは90歳を超えて施設に入られ、家は空き家になっていました。
その土地の査定額は、980万円でした。
息子さんは、しばらく黙っておられました。「親父はずっと、あの土地は3,000万円やと言うてました」と。
私は正直に申し上げました。3,200万円だったのは事実です。でもそれは35年前の話で、今の値段は980万円です、と。
これが50年の変化です。同じ土地で、同じ場所で、こういうことが起きます。
6. 昔の不動産屋が儲かった仕組みと、今も残っているもの
はっきり申し上げます。昔の不動産屋が儲かったのは、情報を独占できたからです。
売主さんには「相場は安いですよ」と言い、買主さんには「このあたりは高いですよ」と言う。そして両方から手数料をもらう。今でいう両手取引ですが、当時はそれが当たり前でした。
ネットが出てきて、その手はほとんど使えなくなりました。
ただ、形を変えて残っているものがあります。それが「囲い込み」です。
自分の会社で買主も見つけて手数料を両方から取りたいので、他社から「あの物件をお客様に紹介させてください」と問い合わせが来ても、「すみません、今ちょうど商談中でして」と断ってしまう。そのことを、売主さんには一言も言いません。
売主さんから見ると、ただ「反応がない」だけに見えます。そして半年後、「そろそろ値下げしましょうか」と言われるわけです。
情報を独占する道具が、手書きの台帳からシステムに変わっただけです。中身は50年前と同じことをやっています。
もう一つ、これは新しい手口です。ネットの一括査定です。
査定額が高い会社から順に並ぶ仕組みですから、業者は実際より高い数字を出します。契約さえ取ってしまえば、あとから下げればいいと思っているからです。
昔は口頭で盛りました。今は画面で盛ります。やっていることは、何も変わっていません。
7. 昔のほうが良かった、と正直に思うこと
今のほうが良くなったという話ばかり書きましたが、正直に申し上げると、悪くなったところもあります。
- 情報が多すぎて、かえって判断できなくなった
- 数字は見えるのに、その裏の事情が見えなくなった
- 顔を合わせずに話が進むようになった
昔は、隣の家の事情まで全部分かっていました。「あそこの裏は昔田んぼで水が出る」「あの道は将来広がるという話がある」。そういう話は、台帳には載りません。人の口にしか載りません。
今のお客様は、ネットで調べた数字を持って来られます。数字は正確です。でも、その土地の「地面の下」の話は、画面には出てきません。
そして、これが一番残念なことですが、今は契約が終わったらそれきり、という取引が増えました。
昔は、家を買った方が10年後に「章雄さん、雨漏りがする」と店に来られました。20年後には「息子が結婚する」と報告に来られました。そういう付き合いが、商売の中身でした。
情報が便利になった代わりに、人の付き合いが薄くなりました。これは、正直に言って寂しいです。
まとめ
50年で変わったこと。情報が誰にでも開かれました。土地は選ばないと下がるようになりました。主役が買う人から売る人に変わりました。規制が厳しくなって、大きな詐欺は減りました。
50年で変わらなかったこと。人が家を手放す理由は、今も昔も、お金と家族と死です。そして、情報を隠して儲けようとする業者が一定数いることも、変わっていません。
道具は新しくなりました。人間は、そんなに新しくなっていません。
最後に、これだけは申し上げたい
ネットで調べれば、相場はすぐに出てきます。それは良いことです。どんどん調べてください。
ただ、画面に出てくるのは「値段」だけです。その土地が昔どういう場所だったか、これから10年でどう変わりそうか、隣にどんな方が住んでおられるか。そういうことは、その町に長くいる人間の頭の中にしかありません。
ご実家をどうするか、今の土地がいくらなのか、売るべきか持っておくべきか。迷っておられるなら、一度お話を聞かせてください。査定も相談も無料ですし、その場で「売りましょう」とは申し上げません。50年分の話を、ただお聞かせするだけでも構いません。
センチュリー21・ハートピア
田中章雄
カテゴリ:あきちゃんの不動産お役立ち情報 / 投稿日付:2026/08/06 07:26
こんにちは。神戸市北区で50年、不動産屋をやっております田中章雄、通称あきちゃんです。
今日は、私が不動産屋として持っている「信念」の話をします。
信念、と書くと立派に聞こえますね。
でも中身は、まったく立派ではありません。50年のあいだに何度も損をして、何度も頭を下げて、そのたびに「もうこれだけはやめよう」と決めてきた。その積み重ねが、いつのまにか信念という形になっただけです。
不動産屋の信念というと、たいていはきれいな言葉が並びます。「お客様第一」「誠実」「地域密着」。看板にはそう書いてあります。
けれど、看板に書いてあることと、実際に契約の場でやっていることが違う会社を、私は50年で数え切れないほど見てきました。
ですから今日は、きれいな言葉ではなく、私が実際に何を守り、そのせいで何を失ってきたかを書きます。
結論から申し上げます
私の信念は、たった一つです。
お客様が「10年後」に後悔しない判断を、一緒に作ること。
売ることでも、高く売ることでも、早く売ることでもありません。10年後に「あのときの判断でよかった」と思ってもらうこと。それだけです。
ただ、これだけでは行動になりません。ですから私は、自分に5つの約束を課しています。
- 売らせない勇気を持つこと
- 悪い話を先に言うこと
- 他社の悪口は言わないこと
- 相場を作らず、相場に従うこと
- 同じ町から逃げないこと
この5つです。順番にお話しします。
1. 売らせない勇気を持つ
不動産屋は、売って初めてお金になる商売です。
媒介契約を結んで、買主を見つけて、契約して、決済して。そこでようやく仲介手数料が入ります。それまでは一円にもなりません。
だから構造として、不動産屋の口からは「売りましょう」しか出てこないようになっています。これは業者が悪人だからではなく、そういう仕組みだからです。
それでも私は、年に何件かは「今は売らないでください」と申し上げます。
藤原台北町にお住まいだったCさん(当時72歳)の話をします。
ご主人を亡くされて半年ほど経った頃、娘さんから電話がありました。「母が一人で住むには広すぎるし危ないので、家を売って施設に入れたい」と。
築32年の戸建で、査定すると「2,980万円」でした。仲介手数料は約100万円。うちのような小さい会社にとっては、大きい仕事です。
ですが、Cさんご本人と二人でお話ししたとき、こう言われました。「庭の梅の木、主人が植えたんです」と。
まだこの家におりたい。でも娘に迷惑をかけたくない。その両方が本心でした。
私は娘さんに「1年だけ待ってください」と申し上げました。
理由も言いました。今この状態で売ると、お母様は10年後もそのことを引きずります。私は50年で、その顔を何度も見てきました。
1年後、娘さんご一家が二世帯で同居されることを決められました。家は売らずに済みました。
私の手数料はゼロです。
それでいいんです。あの判断は、10年後も正解のままだからです。
2. 悪い話を先に言う
これは断言できます。
物件の悪い部分は、契約前に全部言う。これを守れない不動産屋には、家を任せてはいけません。
岡場駅から徒歩13分の中古戸建を見に来られた、Dさんご夫婦(42歳・39歳)の話です。
価格は「2,180万円」。庭が広く、南向きで日当たりもよく、お子さんが二人いるご家庭にはちょうどいい家でした。奥様は玄関に入った瞬間に気に入っておられました。
正直に言えば、私も「これは決まるな」と思いました。
けれど、擁壁が気になりました。高さは2.8mほど、古い練積みで、見た感じ40年以上前のものでした。
私は知り合いの土木業者に現地を見てもらいました。結果、いずれ補修が要る、費用はざっと「480万円」という話でした。
私は契約前にそれをそのままお伝えしました。
ご夫婦は1週間悩まれて、この物件はやめられました。私の手数料はゼロです。
半年後、別の物件でご縁があり、その決済のときにご主人がぽつりと言われました。「あのとき止めてくれたから、他は見ずにここに来ました」と。
はっきり申し上げます。
業界には「言わなければ分からない」と考える人間がいます。重要事項説明書に書かなければ、あるいは書いてあっても早口で読み流せば、たいていのお客様は気づきません。
私はそれを詐欺と紙一重だと思っています。
3. 他社の悪口は言わない
「あそこの会社はやめた方がいいですよ」
こう言う営業を、皆さんも一度は見たことがあるはずです。
あれは、親切ではありません。自分を選ばせるための技術です。
私は他社の名前を出して悪く言いません。その代わり、確認の仕方だけをお伝えします。
鈴蘭台に戸建をお持ちだったEさん(当時58歳)の話です。
うちの査定は「2,980万円」でした。他社は「3,480万円」。500万円の差です。
Eさんは他社を選ばれました。当たり前です。私が売主でもそうします。
私は「そちらでどうぞ」とお送りしました。その会社の悪口は一切言いませんでした。
ただ一つだけ、こう申し上げました。「3か月経って、内見が一件も入らなかったら、それは物件の問題ではなく価格の問題です」と。
結果を申し上げます。
その物件は1年半後に「2,850万円」で売れました。うちの査定より130万円安い金額です。
その1年半のあいだ、固定資産税と火災保険と最低限の管理費で、Eさんは40万円ほど余計に払っておられました。
Eさんは決済の後、うちに寄ってくださいました。「あんたの言うた通りやった」と。
業界の言葉で「高預かり」といいます。相場より高い査定を出して媒介契約を取り、預かってから少しずつ値を下げていくやり方です。
最初の3か月で下げ始め、6か月で相場に近づけ、1年経つ頃には最初の査定額など誰も覚えていません。
悪口を言う必要はないんです。3か月見ていれば、答えは出ます。
4. 相場を作らない、相場に従う
査定価格は、不動産屋が決めるものではありません。
買う人が決めるものです。
私は査定書に必ず二つを並べます。一つは、直近1年でその周辺が実際にいくらで売れたかという成約事例。もう一つは、今この瞬間に売りに出ている競合物件の一覧です。
そのうえで「私はこう思います」ではなく「市場はこうなっています」とお見せします。
この方法は、正直に言って一番嫌われます。
「あそこは安く見る」と言われます。実際、そう言われて他社に行かれた方は50年で何百人もおられます。
それでも変えません。私が価格を作った瞬間に、その数字はお客様への嘘になるからです。
5. 同じ町から逃げない
私は50年、神戸市北区から出ていません。
これは信念というより、覚悟に近いものです。
岡場の商店街を歩けば、家を売ったお客様に会います。買ったお客様にも会います。
30年前に家を買われたご夫婦のお子さんが、いま40歳を超えて、自分の家のことで相談に来られます。
逃げられない場所で商売をしていると、嘘がつけません。
全国展開の会社の営業さんは、3年で異動します。5年経てば、その人はもうこの町にいません。
私は死ぬまでここにいます。だから、契約の日に良い顔をするより、10年後に町で会ったときに目をそらさずに済むことの方が大事なんです。
50年やってきて分かったことがあります。
信用というのは、契約の場でつくものではありません。契約の10年後に決まります。
6. 一番忘れられないお客様の話
信念という言葉を使うなら、この方の話を書かないわけにはいきません。
20年以上前、有野台にお住まいだったFさん(当時66歳)です。
ご主人が営んでおられた小さな会社が行き詰まり、家を手放さざるを得なくなりました。住宅ローンの残債が「1,700万円」ありました。
当時、買取業者に話を回せば、うちには紹介料が入る仕組みがありました。今ほど厳しくない時代でしたから、業者から仲介会社に情報料が流れるのは珍しくありませんでした。
買取なら「1,450万円」。即金、1か月で完了します。うちは何もせずに手数料に近いお金が入ります。
ただ、それだと残債に250万円足りません。Fさんは家を失ったうえに、借金だけが残ります。
仲介で普通に売れば「1,900万円前後」は見込めました。ただし3か月から6か月かかります。Fさんには、その時間がありませんでした。
私は、銀行に一緒に行きました。
事情を説明して、返済を3か月待ってもらえないかと頭を下げました。これは不動産屋の仕事ではありません。手数料も一円も増えません。
結果、4か月後に「1,880万円」で売れました。
残債を返して、引っ越し代と、当面の生活費が手元に残りました。Fさんご夫婦は北区内の賃貸に移られました。
この話には続きがあります。
20年経って、当時中学生だったFさんの息子さんが、うちの事務所に来られました。ご自分の家を買うためです。
「親父から、家のことはあきちゃんとこへ行けと言われました」
これが、私の信念の全部です。
あのとき買取に流していたら、20年後にこの人は来ていません。
7. 業界の裏側を、もう少しだけ
信念の話をするなら、その反対側にあるものも書かなければ不公平です。
両手取引という言葉があります。
売主と買主の両方から手数料をもらう形です。3,000万円の物件なら、片方だけなら約100万円ですが、両方なら約200万円になります。
倍です。だから、他社のお客様に自分の物件を見せたくなくなります。
それが「囲い込み」です。
「今、商談が入っておりまして」と他社に断りを入れる。売主には「まだ反響が弱いですね」と報告する。売主は買い手がいないと思い込み、値下げに応じます。
値下げの提案が来るタイミングにも、法則があります。
媒介契約の更新時期の少し前です。3か月で切れる契約を更新してもらうために、「一度価格を見直して、次の3か月で勝負しましょう」という話になります。
買取査定にもカラクリがあります。
買取業者は転売して利益を出しますから、相場の7割前後が基本です。それ自体は悪いことではありません。仕事ですから当然です。
問題は、その差額をお客様に説明しないまま「早くて確実ですよ」とだけ言う売り方です。
8. この信念のデメリットを正直に書きます
いいことばかり書くと嘘になりますので、正直に申し上げます。
この信念のせいで、うちの会社は大きくなっていません。
社員は増えていません。売上のランキングに名前が載ったこともありません。50年やって、この規模です。
査定額で他社に負けて、お客様が離れていくことは、77歳になった今でも普通にあります。
それから、これは大事なことですが、うちが向いていないお客様もおられます。
とにかく早く現金にしたい方です。
離婚、事業の資金繰り、施設の入居費用。事情はいろいろです。そういうときは、正直に買取をお勧めすることもあります。
ただしそのときは、仲介ならいくらになるか、買取だといくらか、その差額がいくらかを必ず紙に書いてお見せします。そのうえで選んでいただきます。
もう一つ、私自身のデメリットもあります。
私は77歳です。あと何年この仕事ができるか、正直なところ分かりません。
長いお付き合いを前提にしている商売なのに、こちらの残り時間が短い。これは、うちに任せていただくうえでの本当のデメリットです。隠さずに申し上げておきます。
まとめ
私の信念を、もう一度だけ書きます。
お客様が10年後に後悔しない判断を、一緒に作ること。
そのために、売らせない勇気を持ち、悪い話を先に言い、他社の悪口は言わず、相場を作らず、この町から逃げない。
この5つを守ってきた結果、私は儲け損なった仕事が山ほどあります。Cさんの100万円も、Dさんご夫婦の手数料も、Fさんの紹介料も、全部手に入りませんでした。
それでも、20年後に息子さんが来てくださいました。
どちらが商売として正しいかは分かりません。ただ、どちらが50年続くかは、もう答えが出ています。
最後に、これだけは申し上げたい
不動産屋を選ぶとき、看板の言葉を読んでも意味がありません。
一つだけ、確かめる方法があります。
その担当者に「この物件の悪いところを教えてください」と聞いてみてください。
すらすらと3つ以上答えられる人は、信用していいと思います。「特にありません」「いい物件ですよ」としか言わない人は、あなたの10年後を見ていません。
売る売らないは、決めていなくて構いません。まだ何も決まっていない段階の相談が、一番役に立ちます。
「これ、売った方がいいんでしょうか」という一言から始めてくださって結構です。私は、売らない方がいいときは、はっきりそう申し上げます。
センチュリー21・ハートピア
田中章雄
カテゴリ:あきちゃんの不動産お役立ち情報 / 投稿日付:2026/08/04 06:57
こんにちは。神戸市北区で50年、不動産屋をやっております田中章雄、通称あきちゃんです。
今日は、少し書きにくい話をします。私が若い頃にやらかした失敗の話です。
うまくいった話なら、いくらでも書けます。あの土地を高く売った、あのお客さんに感謝された。そういう話は気持ちよく書けますし、読んでいる方も気分がいい。
でも、それだけ書いている不動産屋を、私は信用しません。
50年もこの仕事をやっていて、失敗がないわけがないんです。失敗を語らない業者は、失敗していないのではなくて、隠しているだけです。
ここで一歩立ち止まってください。
あなたが不動産屋を選ぶとき、「うちは実績があります」「安心してお任せください」としか言わない担当者と、「昔こういう失敗をしました。だから今はこうしています」と言う担当者、どちらを信じますか。
私は後者だと思っています。だから今日は、自分の恥をさらします。
結論から申し上げます
私が若い頃にやった失敗は、突き詰めると全部ひとつのことに集約されます。
お客さんの話を、最後まで聞かなかった。
これだけです。
知識が足りなかったから失敗したのではありません。段取りが悪かったから失敗したのでもありません。相手が本当に何を望んでいるのかを聞かずに、自分が「これが正解だ」と思ったほうへ話を進めてしまった。それが原因でした。
これは断言できます。不動産の失敗の大半は、知識不足ではなく、聞き足らずから起きます。
1. 27歳のとき、売り急がせてしまった話
私が27歳、この業界に入って5年目くらいの頃です。
当時、神戸市北区の団地の一角にある古い一戸建てを、Aさん(当時63歳)からお預かりしました。ご主人を亡くされて間もない、静かな奥様でした。
築28年、木造2階建て、駅からバス便。相場からすると1,180万円あたりが妥当な線でした。
私は張り切っていました。若かったですし、早く決めて自分の成績にしたかった。今思えば、それが全部でした。
Aさんは最初、こうおっしゃっていたんです。
「主人との思い出があるので、もう少し考えさせてください」
私はそれを「迷っているだけ」だと解釈しました。だから、こう申し上げてしまった。
「奥様、この地域は今、動きが鈍っています。半年経つともっと下がります。今のうちに決めたほうがいいですよ」
嘘ではありませんでした。実際その地域は緩やかに下がっていました。
でも、それは私の都合の言葉でした。
Aさんは3か月後、1,050万円で売却されました。私が持ってきた買主でした。私は自分の中で「相場より少し下だけど、早く現金化できたんだからよかった」と思っていました。
問題はその1年後です。
Aさんが店に来られました。
「あきちゃん、私、あの家を売らなければよかったと思っているんです」
息子さんご夫婦が神戸に戻ってくることになったそうです。あの家に住みたいと言われたそうです。
そのときAさんは、私を責めませんでした。「私が決めたことですから」とだけおっしゃった。
私はそれが一番こたえました。責められたほうが、まだ楽でした。
あのとき私がやるべきだったのは、「半年経つと下がります」と言うことではありませんでした。
「息子さんは将来こちらに戻られる可能性はありませんか」
たったこの一言を聞けばよかったんです。聞かなかった。聞くと売却が止まるかもしれないと、心のどこかで思っていたからです。
はっきり申し上げます。あれは私の失敗です。相場の判断は間違っていませんでしたが、人として間違っていました。
2. 33歳のとき、境界を確認せずに契約した話
もうひとつ、これは金銭的にはっきり損害が出た失敗です。
私が33歳の頃、神戸市北区の傾斜地にある土地の売買を仲介しました。売主はBさん(当時71歳)、買主は市外から移住してこられた40代のご夫婦でした。
土地は約58坪。売買価格は880万円。
問題は、境界でした。
古い土地で、境界標が現地に見当たりませんでした。公図と現況もずれていました。
売主のBさんは「昔から隣とはこの塀が境界だと言い合ってきた。何も問題ない」とおっしゃる。隣地の方に電話で聞いても「そうだね」と言う。
私はそれで済ませてしまいました。測量をせず、境界の立会いも書面にせず、「現況有姿」で契約したんです。
コストを抱えたくなかった売主の気持ちを汲んだつもりでした。実際には、測量費が40万円ほどかかりますから、その話をBさんに切り出すのが面倒だっただけです。
引き渡しから2年後、隣地が相続になりました。
相続した息子さんは、当然ながら「昔からの言い合い」を知りません。測量したら、塀の位置が実際の境界から約80cm買主側にはみ出していることが分かりました。
そこから揉めに揉めました。
最終的に、買主のご夫婦が塀の作り直しと測量で約110万円を負担されました。売主のBさんは既に亡くなられていて、請求先もありませんでした。
私は自分の報酬から一部を出しました。それで解決したわけではありません。あのご夫婦は、移住してきた土地で最初にやったことが、隣とのもめ事だったんです。
50年やってきて分かったことがあります。
土地の境界は、当事者が生きているうちにしか確認できません。
「昔からこうだった」は、相続が起きた瞬間に消えます。人が代わると、口約束は存在しなかったのと同じになります。
今の私は、境界が不明な土地は、必ず確定測量をお願いします。売主に嫌な顔をされても、費用の話を切り出します。あのご夫婦のことを思い出すからです。
3. 41歳のとき、身内の売却で判断を誤った話
これは技術の話ではなく、心の話です。
41歳の頃、親戚筋の家の売却を任されました。
身内ですから、私は「絶対に高く売ってやろう」と思いました。相場が2,300万円あたりのところを、2,680万円で売り出しました。
これが完全に裏目に出ました。
不動産には「物件が枯れる」という言葉があります。売り出してから時間が経つと、業者間でも「あそこ、まだ残ってるな」「何か理由があるんじゃないか」と見られ始める。ポータルサイトを見ている一般のお客さんも、同じ物件が何か月も出ていると、それだけで敬遠されます。
半年で3回値下げしました。2,680万円、2,480万円、2,280万円。
最終的に売れたのは2,120万円でした。
最初から2,300万円で出していれば、おそらく3か月以内に2,250万円前後で決まっていました。私が欲を出したせいで、130万円ほど安くなったわけです。
身内には言い訳ができませんでした。
このとき学んだことがあります。高く売り出すことと、高く売れることは、まったく別物だということです。
高く売り出すのは誰でもできます。売主が喜ぶからです。だから、査定価格をわざと高く出して媒介契約を取る業者がいます。業界では「高預かり」と呼びます。
これは今もあります。3社に査定を頼んで、1社だけ極端に高い金額を出してきたら、疑ってください。その業者は売る自信があるのではなく、まず契約を取りたいだけかもしれません。
4. 業界の裏側を、ついでに申し上げます
自分の失敗を書いたので、業界の話もついでに正直に書きます。
私が若い頃、まだ「囲い込み」という言葉が今ほど問題視されていなかった時代があります。
囲い込みというのは、預かった物件を他社に紹介せず、自社で買主も見つけて、売主と買主の両方から手数料をもらうやり方です。両手取引と言います。片手なら手数料は売主からだけ、両手なら倍になります。
他社から「あの物件、内見できますか」と電話が来ても、「もう商談中です」と断る。実際には商談中でもなんでもない。
私はやりませんでしたが、周りには普通にありました。それを「営業努力」と呼ぶ空気もありました。
売主からすると、買主候補が減るわけですから、確実に不利です。売れるのが遅くなり、結果として値下げにつながります。
これは今でも完全にはなくなっていません。
見分け方をひとつだけ申し上げます。
自分の家がポータルサイトにきちんと出ているか、レインズという業者間のデータベースに登録されているか、登録証明書を見せてもらってください。専任媒介や専属専任媒介を結んだら、業者には登録義務があり、証明書を発行してもらえます。
それを渋る業者は、何か理由があります。
5. デメリットも正直に書きます
ここまで読んで、「あきちゃんは正直だな」と思っていただけたなら嬉しいのですが、私にも欠点があります。
- 売り急がせないので、とにかく早く現金化したい方には向いていません
- 派手な広告をしません。全国ネットのCMも豪華なチラシもありません
- 都市部のタワーマンションを高値で回転させる取引は得意ではありません
- 私は77歳です。長いお付き合いを前提にされる場合、私一人に依存するのはリスクです
若い頃の失敗が骨身に染みているので、私は「もう少し考えたほうがいい」と言うことがよくあります。勢いのある若い担当者のほうが合う方は、必ずいらっしゃいます。
年齢のことも、はっきり申し上げておくべきだと思っています。店にはちゃんと後進もおりますが、そこはご承知おきください。
こういうことを書くと「営業として損じゃないか」と言われます。でも、隠して契約を取って、あとで「聞いていない」と言われるほうが、私はよほど嫌です。
まとめ
若い頃の私の失敗を、3つ書きました。
売り急がせて、お客さんの人生を狭めてしまったこと。境界を確認せず、買主に110万円を負担させてしまったこと。欲を出して高く売り出し、身内に130万円損をさせたこと。
どれも、聞き足らずが原因でした。
50年やってきて分かったことがあります。不動産の仕事は、物件を扱う仕事ではなく、人の事情を扱う仕事です。
物件は数字で測れます。事情は聞かないと分かりません。
だから今の私は、査定の前に必ず1時間はお話を伺います。ご家族のこと、これからのこと、お金の不安。それを聞かないと、値段も出せませんし、売るべきかどうかの判断もできません。
これは断言できます。あなたの事情を聞かずに、いきなり査定額だけ出してくる業者には、任せないほうがいいです。
最後に、これだけは申し上げたい
私は失敗をしてきました。だから今、慎重にやっています。
もし今、家や土地のことで迷っておられるなら、まだ何も決まっていない段階で構いませんので、一度お話を聞かせてください。
「売るかどうかも決めていない」で結構です。むしろ、そういう段階のほうがお役に立てます。決まってしまってからでは、選べる道が減ってしまいますから。
私は売り込みません。50年の間に、それで何度も痛い目を見ましたので。
あなたが損をしない道を、一緒に探させてください。
センチュリー21・ハートピア
田中章雄
カテゴリ:あきちゃんの不動産お役立ち情報 / 投稿日付:2026/08/03 07:16
こんにちは。神戸市北区で50年、不動産屋をやっております田中章雄、通称あきちゃんです。
今日は、いつもの売り方の話とは少し違って、なぜ私が神戸市北区だけで50年やってきたのかという、私自身の話をさせてください。
「あきちゃん、なんで北区だけなんや。三宮や芦屋のほうが、よっぽど儲かるやろ」
同業の集まりに行くと、必ずこれを言われます。50年、言われ続けてきました。
正直に申し上げます。そのとおりです。
北区の一戸建ての成約価格は、市内の南のほうと比べたら半分から3分の2くらいのことが多い。同じ手間をかけて、頂ける手数料は半分。商売としては、決して効率のいい場所ではありません。
それでも私は、50年ここから一歩も動きませんでした。今日はその理由を、きれいごと抜きでお話しします。
結論から申し上げます
私が神戸市北区にこだわるのは、地元が好きだから、という話だけではありません。
知らない土地の不動産を扱うと、お客さんに損をさせるからです。
これは断言できます。不動産という商品は、資料を読めば分かるものではありません。その場所に何十年も通って、雨の日も冬の朝も見てきた人間にしか、分からないことがあります。
そしてその「分からないこと」が、300万円、500万円という差になって、お客さんの手取りに跳ね返ってくるのです。
1. 値段は「地図」ではなく「記憶」で決まる
不動産の査定は、今はパソコンでもできます。周辺の成約事例を並べて、面積で割って、駅からの距離で補正する。それだけなら、私でなくてもできます。
けれど、北区の土地はそれでは値段が出ません。
たとえば、同じ町名で、同じ50坪で、同じ駅から徒歩12分の土地が2つあったとします。
地図の上ではほとんど同じです。ところが片方は2,000万円ですっと売れて、もう片方は1,400万円でも半年買い手がつかない。この地域では、こういうことが普通に起こります。
何が違うのか。
- 坂の向き
- 冬の朝、路面が凍るかどうか
- 前の道が朝の通学路になっているかどうか
- 裏の斜面が北向きで、午後2時に日陰になるかどうか
- 昔そこに小さな水路があって、大雨のときどう水が出たか
こういうことは、登記簿にも図面にも一行も書いてありません。
私は50年、この地域を自転車と車で回ってきました。だから頭の中には、地図ではなく「記憶」の形で入っています。
50年やってきて分かったことがあります。土地の値段を決めているのは、数字ではなく、その土地が持っている癖です。
2. 買う人の顔が浮かぶかどうか
もうひとつ、大事なことを申し上げます。
不動産の値段は、売る人が決めるものではありません。買う人が決めるものです。
ですから査定のときに一番大事なのは、「この物件を、どこの誰が買うのか」が浮かぶかどうかです。
北区の物件なら、私は浮かびます。
道場や大沢のほうの広い土地なら、車を2台置きたい30代の共働きのご家族。有馬に近いエリアなら、いま西宮に住んでいて、実家の親の近くに戻りたいと言っている50代。北鈴蘭台や山の街の古い戸建てなら、予算を抑えて土地を広く取りたい職人さん。
顔が浮かぶから、「この物件は、その人にどう見えるか」で値段が組めます。
これが芦屋の物件だと、私には浮かびません。誰が買うのか知らない人間が値段を付けたら、それはただの当てずっぽうです。当てずっぽうの値段でお客さんの大事な資産を出すわけには、いかんのです。
3. 50年前の造成を、私は見ている
北区は、山を削って造られた住宅地がたくさんあります。
昭和40年代から50年代にかけて、あちこちで造成が進みました。私はその工事を、20代のころに現場で見ています。
どこが元の地山で、どこが盛り土か。どの擁壁がいつごろ積まれたものか。どの団地が上下水道をいつ入れ替えたか。
これは資料には残っていません。残っていても、後から取り寄せるには時間がかかります。
でも私は覚えています。だからお客さんに「ここは盛り土のほうなので、買主さんから地盤の質問が必ず来ます。先に調べておきましょう」と、契約前に言えます。
はっきり申し上げます。この「先に言える」かどうかが、あとで揉めるか揉めないかの分かれ目です。
4. 実例:有野台のAさん、査定差430万円の話
3年ほど前の話です。
Aさん(74歳)が、有野台の実家を相続されました。お母様が亡くなられて、築42年の木造2階建てが残った。Aさんご本人は西宮にお住まいで、北区のことはほとんどご存じない。
大手2社に査定を頼んだところ、1,780万円と1,850万円。
Aさんは「まあ、こんなもんか」と思われたそうです。そこにご紹介で、私が呼ばれました。
私は現地に立って、すぐに2つのことを申し上げました。
ひとつ。この一帯は昭和44年前後の造成で、前面道路が6m確保されている。北区の古い住宅地では、4mを切っていて再建築のときに敷地を下げないといけない場所がいくらでもあります。ここは、それがない。
ふたつ。南側の斜面は市の緑地です。つまり、あそこには一生、建物が建ちません。南向きの日当たりが、将来にわたって保証されている土地なのです。
これは資料を見ただけでは分かりません。地図上は「がけ地が隣接」としか見えない。むしろ減点材料に見えます。
私は「2,300万円で出しましょう」と申し上げました。Aさんは「そんな値段で売れるんですか」と驚かれた。
売り出して1か月半、小学生のお子さんが2人いるご夫婦が「南側に一生家が建たないんですか」と食いついて、2,280万円で成約しました。大手の査定より、430万円上です。
私が優秀だったのではありません。私が、その斜面が市の緑地だと知っていただけです。50年この町にいれば、誰でも知っています。
逆に言えば、この町にいない人間には、一生分かりません。
5. 私が明石の物件を断った話
同じ年に、こういうこともありました。
Bさんご夫婦が、北区のご自宅を私に任せてくださった。無事に売れて、引き渡しも済んだ。そのあとで、こう言われました。
「先生、実は明石にも親の家があるんです。あれも一緒にお願いできませんか」
ありがたい話です。手数料でいえば、100万円近くになる仕事でした。
私は、お断りしました。
「申し訳ありません。私は明石の相場も、買う人の顔も知りません。今の私がやったら、たぶん200万から300万、安く売ってしまいます。明石で長くやっている業者を紹介させてください」
Bさんは、ぽかんとしておられました。「断る不動産屋、初めて見ました」と。
けれど、これでいいと思っています。知らんもんは、知らん。知らんもんに手を出したら、お客さんが損をする。50年やってきて、私が守ってきたのは、その一点だけです。
6. 業界の裏側:「対応エリア 兵庫県全域」の正体
ここからは、業界の内側の話をします。
チラシやホームページに「対応エリア 兵庫県全域」「関西一円対応」と書いてある会社があります。あれ、どういう意味かご存じですか。
正直に申し上げます。多くの場合、「媒介契約さえ取れれば、場所はどこでもいい」という意味です。
なぜなら、媒介契約を取ること自体には、業者側にほとんどコストがかからないからです。査定書はシステムが出します。現地は1回、写真を撮りに行くだけ。あとはレインズと自社サイトに載せて、置いておく。
売れれば手数料が入る。売れなくても、業者は損をしません。損をするのは、時間を失う売主さんだけです。
もうひとつ、申し上げにくいことを言います。
遠方の物件は、業者にとって「案内が面倒な物件」です。片道1時間かけて内見の立ち会いに行くのは、正直しんどい。
そうすると何が起きるか。他社から「お客さんを案内したい」と連絡が来ても、「今、商談中でして」と断ってしまう。いわゆる「囲い込み」です。
囲い込みというと、両手取引で手数料を2倍取るための悪質な手口として語られます。それも事実です。けれど現場では、「遠くて面倒だから、動きたくない」という理由で、結果的に同じことが起きているケースも少なくありません。
売主さんから見れば、理由が悪意でも面倒でも、結果は同じです。売れません。
それから、大手の担当者は2年から3年で異動します。これは会社の仕組みなので、担当者個人が悪いわけではありません。しかし結果として、その地域の記憶が誰にも溜まりません。
私の店には、50年分のファイルが残っています。「あの土地、20年前にも一度売りに出て、そのとき境界で隣とひと悶着あった」ということまで分かります。それが交渉のときに、効きます。
7. デメリット:北区にこだわることの、正直な弱点
ここまで良いことばかり書いたので、正直に弱点も申し上げます。
まず、北区以外は本当に分かりません。
お客さんに「大阪の物件もお願いします」と言われても、お断りするしかない。商売としては、明らかに損をしています。息子には「もったいない」とよく言われます。
次に、狭い地域だからこそ、噂が回ります。
「あそこの家、売りに出とるらしい」という話は、驚くほど速く広がります。離婚や借金、事業の整理といった事情でご売却される方にとっては、これは正直つらいことです。
ですから私は、看板も出さず、チラシもまかず、こちらの手持ちの買主候補にだけ声をかける、という売り方も用意しています。ただ、その分だけ買主の母数は減るので、値段は少し下がることがあります。ここは正直にお伝えしています。
三つ目。地元だからこそのしがらみがあります。
売主さんも買主さんも、両方うちのお客さん、ということが実際にあります。そういうとき、私はどちらかに肩入れできません。だから私は、売主と買主の両方から手数料をいただく取引を、できるだけ避けてきました。同業からは「もったいない」と笑われます。それでも、両方に「あんたはどっちの味方や」と思われたら、この町では50年もちません。
四つ目。これが一番申し上げにくいことです。
北区にも、正直これから厳しい地区があります。
坂の上で、駅から遠く、バス便も減っている団地。今は静かでいい町ですが、10年後、20年後に買い手がつくかというと、私は楽観していません。
地元愛では、資産は守れません。
だから私は、ご相談に来られた方に「ここは早めに動かれたほうがいい」と申し上げることがあります。地元の人間として言いにくい話ですが、言わなければ嘘になります。
まとめ
もう一度、結論を申し上げます。
私が神戸市北区にこだわるのは、この町が好きだから、それだけではありません。知っている土地でしか、お客さんに損をさせない仕事はできないからです。
土地の値段は、地図ではなく記憶で決まります。買う人の顔が浮かばない人間が付けた値段は、当てずっぽうです。50年前の造成を見ていない人間には、契約前に「先に言っておくべきこと」が言えません。
そして私は、明石の物件を断ります。知らんからです。
エリアが狭いことは、業者にとっては弱みです。断る仕事のほうが多いくらいです。
けれど、お客さんにとっては強みになります。それだけは、50年やってきて確信しています。
最後に、これだけは申し上げたい
もし今、北区や西宮の北のほう、三田あたりで、ご実家やご自宅の売却を考えておられるなら。
「その会社は、この土地に何年いますか」
これを一度、聞いてみてください。
担当者が何年その支店にいるか。会社がその地域で何年商売しているか。それだけでも、ずいぶん見えるものがあります。
そして、まだ売ると決めていなくても構いません。「うちの土地、どういう場所なんやろか」というだけのご相談で結構です。
値段を付けにくい土地ほど、値段を付けられる人間に相談してください。それだけで、数百万円が変わることがあります。
センチュリー21・ハートピア
田中章雄
カテゴリ:あきちゃんの不動産お役立ち情報 / 投稿日付:2026/07/31 09:49
こんにちは。神戸市北区で50年、不動産屋をやっております田中章雄、通称あきちゃんです。
今日は、私自身のことを書きます。なぜ、うちは相談をタダでやっているのか。その理由を全部お話しします。
「あきちゃんとこ、なんで相談タダなん」
これ、よく言われます。同業の若い者からも言われますし、お客様からも聞かれます。「タダより高いもんはないって言うやろ。あとで何か請求されるんちゃうか」と、冗談まじりに言われたこともあります。
もっともな疑問だと思います。世の中、タダには必ず理由があります。
ですから今日は、その理由を全部書きます。きれいごとの部分も、そうでない部分も、隠さずに書きます。
結論から申し上げます
私が無料相談をやっているのは、善意でも社会貢献でもありません。私の商売のやり方そのものです。
ただし、よその「無料査定」とは、中身が全く違います。ここが一番大事なところです。
これは断言できます。私が相談料を取らないのは、取ってしまうと一番助けたい人が来なくなるからです。理由はそれだけです。
そして、私の商売は1件で回収するようにできていません。50年かけて回収するようにできています。だから1件ごとにお金をいただかなくても成り立つんです。
1. お金を取ると、一番困っている方が来なくなる
仮に、相談料を「5,000円」いただくとします。
そうすると、どうなるか。売ると決めている方は払います。5,000円で数百万円が変わるなら安いものですから、当然です。
来なくなるのは、決めていない方です。
「まだ売るかどうか分からへんのに、5,000円払うのはもったいない」
こう思われます。当たり前です。私が逆の立場でもそう思います。
ところがです。50年やってきて分かったことがあります。損をされるのは、いつも「決めていない段階の方」なんです。決めている方は、もう調べています。人にも聞いています。だいたい大きな失敗はしません。
決めていない方は、何も知らないまま最初の一歩を踏み出します。そこで間違えると、あとから全部が狂うんです。
つまり、相談料を取った瞬間に、一番助けが必要な方だけが来なくなる。これでは意味がありません。
だから取らないんです。理念というより、単純な引き算です。
2. 私の仕事は「売ること」ではなく「損を防ぐこと」
若い頃の私は、売ることが仕事だと思っていました。
昭和50年代です。売れば手数料が入る。だから売る。それしか考えていませんでした。恥ずかしい話ですが、本当のことです。
考えが変わったのは、ひとつの出来事がきっかけでした。それは後で書きます。
今の私が仕事だと思っているのは、売ることではありません。目の前の方が「損をしたまま終わらないようにすること」です。
これは、売らせない判断も含みます。
- 今は売らんほうがええです
- あと2年待ったほうがええです
- その値段では出さんほうがええです
- その業者には返事をせんほうがええです
こういうことを申し上げると、その場では1円にもなりません。むしろ売上が遠のきます。
それでも申し上げます。なぜなら、そこで正直に言った方が、5年後10年後に戻ってきてくださるからです。もしくは、ご近所やご兄弟を連れてきてくださいます。
はっきり申し上げます。これは私なりの計算でもあります。善人ぶるつもりはありません。50年この土地で商売を続けるというのは、そういうことなんです。
3. 一度きりの商売なら、無料相談はやりません
ここは正直に書きます。
もし私が、明日この街を出ていく商売人だったら、無料相談などやりません。1件ごとにきっちりお金をいただいて、次の街に行きます。そのほうが効率がいい。
でも私は北区から出ません。50年出ませんでした。これからも出ません。
同じ町内に、私が20代のときに家を仲介した方のお子さんがおられます。今その方が60代になって、実家の相続の相談に来られます。3代目のお孫さんが家を買うときに、また来られます。
こういう商売なんです。1回の相談で稼ぐ必要がない。だから無料でできる。
逆に言えば、無料相談ができるのは「その土地に居続ける覚悟がある店」だけです。ここは、お店を選ぶときの目安にしていただいていいと思います。
4. 私が無料相談を始めた本当の理由
ここからが、この記事で一番書きたかったことです。
昭和58年のことです。私が34歳のときでした。
近所に、父の代からお世話になっていた方がおられました。仮にAさんとします。当時67歳、少し足の悪い方でした。
ある日の夕方、Aさんが店の前まで来られて、こう言われたんです。
「章雄くん、ちょっと聞きたいことがあるんやけど、今ええか」
その日、私はバブル前の忙しい時期で、契約を2件抱えていました。それで、こう答えてしまったんです。
「すんません、今ちょっと立て込んでまして。また今度でよろしいですか」
Aさんは「ああ、ええよ、ええよ」と言って、笑って帰られました。
その「今度」は来ませんでした。
半年ほどして、人づてに聞きました。Aさんは、持っておられた田んぼと畑を、知り合いの紹介で来た業者に売られていました。
金額を聞いて、私は言葉が出ませんでした。当時の相場で見て、少なく見積もっても「1,200万円」は低い値段でした。しかも、隣接地との境界がはっきりしないまま、そのまま渡しておられました。
あのとき、5分でも話を聞いていれば、私は「その値段はおかしい」と言えました。「境界だけは先にはっきりさせてください」と言えました。
たった5分です。5分を惜しんだせいで、私は近所のお年寄りに1,200万円損をさせたんです。
Aさんは私を責めませんでした。その後もお会いすると、変わらず声をかけてくださいました。それがまた、こたえました。
人は「相談したい」と思ったその日にしか、相談に来ません。次の機会はないんです。あの日を逃したら、もう来ないんです。
だから私は決めました。誰が来ても、何を聞かれても、忙しくても、必ずその場で話を聞く。お金は取らない。
無料相談は、その日から始まっています。理念というより、私の後悔です。
5. 業界の裏側「無料査定」はタダではありません
ここで、業界の中の話をします。
世の中には「無料査定」があふれています。ネットで家を売ろうと調べれば、一括査定サイトが山ほど出てきます。全部タダです。
しかし、あれはタダではありません。誰かがお金を払っています。
一括査定サイトに情報を入れると、複数の不動産会社から電話がかかってきます。あの電話は、なぜ来るのか。
不動産会社が、その情報をお金で買っているからです。私が聞いている範囲では、1件あたり数千円から1万数千円が動いています。
会社の側から見れば、1万円払って買った見込み客です。だから必死になります。電話がしつこいのは当然なんです。元を取らないといけませんから。
これが「無料査定」の正体です。皆さんはお金を払っていません。かわりに、皆さんの名前と住所と物件情報が商品になっています。
もうひとつ申し上げます。買取業者の無料査定です。
買取業者にとって、査定は仕入れの入り口です。安く買うことが利益になります。ですから、高く売る方法を教えてくれることはありません。教えたら自分の商売にならないからです。
無料の相続セミナーも同じです。あれは名簿を集める場です。終わったあとの個別相談会が本番です。
私はこれらを悪だとは言いません。商売としては成り立っています。
ただし、皆さんは知っておいてください。無料の裏側には必ず回収の仕組みがあります。その仕組みが「早く売らせる」方向に働いているのか、「損をさせない」方向に働いているのか。そこを見てください。
私の場合の回収の仕組みは、50年です。急いで回収する必要がないから、急がせません。それだけの違いです。
6. 無料相談で救えた話も書いておきます
最近の例を書きます。
去年です。北区のBさんご夫婦が来られました。ご主人が69歳、奥様が66歳でした。
ご相談は「実家を売って、駅前のマンションに住み替えたい」というものでした。
すでに、ネットで一括査定を使っておられました。5社から電話があって、そのうち1社が来て「3,180万円でいけます」と言ったそうです。
Bさんは、その数字にすっかり乗り気になっておられました。「もう契約しようかと思って」と言われました。
私は正直に申し上げました。「その値段では売れません。うちが査定するなら2,700万円台です」
Bさんのお顔が曇りました。当然です。400万円以上、下の話をされたのですから。
それでも申し上げました。理由は3つあります。
- ご自宅は接道が4m未満で、セットバックが必要な土地だった
- 住み替えは売りと買いの順番を間違えると資金がまわらない
- 売却の前に大きなリフォームをしても、その分は値段に乗らない
先に買ってしまうと、売り急ぐことになって、結局安くなります。リフォームは150万円かけても、売値は150万円上がりません。
Bさんは、その日は何も決めずに帰られました。
3週間後、また来られました。「あの3,180万円のところ、他の家でも同じようなこと言うてるらしいわ」と。ご近所で聞いてこられたそうです。
結果として、Bさんは「2,780万円」で売り出し、2か月半で「2,690万円」で成約されました。買いは、売却の契約が済んでから動かれました。
このとき私がいただいたのは、法律で決まった仲介手数料だけです。相談の分は1円もいただいていません。
でも、あの日の30分がなければ、Bさんは3,180万円で契約して、半年かけて2,400万円台まで下げていた可能性がありました。
7. デメリットも正直に書きます
いいことばかり書くと嘘になります。無料相談の限界を書きます。
ひとつ目。無料でできるのは「話を聞くこと」と「順番をお伝えすること」までです。
測量、境界確定、登記、相続の申告。これらは専門家の仕事で、お金がかかります。測量なら、うちの近辺で「35万円から60万円」ほどです。ここまで無料にはできません。無料でやると言う業者がいたら、そのぶんはどこかで取られています。
ふたつ目。税金の細かい話は、私は断言しません。
相続空き家の3,000万円控除にしても、要件は年々細かくなっています。私は「使える可能性があるので税理士に確認しましょう」までしか申し上げません。ここで断言する不動産屋がいたら、それは危ないです。
みっつ目。無料だと、軽く見られることがあります。
これは私の側の愚痴です。何度も来られて、その足で他社と契約される方もおられます。50年で何度もありました。腹は立ちます。人間ですから。
ただ、それを言い出すと無料の意味がなくなるので、飲み込んでいます。10人のうち1人が戻ってきてくだされば、それで商売は続きます。
よっつ目。私は77歳です。
若い担当者のような機動力はありません。夜遅くの対応も難しいです。パソコンやSNSは若い者に任せています。この点は先に申し上げておきます。
いつつ目。無料でも、お受けできないことがあります。
遠方の物件や、私の手に負えない特殊な案件は、正直に「うちより、この人に聞いたほうがええです」とお伝えします。無理に引き受けて中途半端になるほうが、ご迷惑ですから。
まとめ
もう一度、結論を申し上げます。
私が無料相談をやっているのは、善意ではありません。理由はこれだけです。
- お金を取ると、一番助けが必要な方が来なくなる
- 私の仕事は売ることではなく、損を防ぐこと
- 私の商売は1件ではなく、50年で回収する形になっている
- 昭和58年、5分を惜しんで近所の方に1,200万円損をさせた後悔がある
そして、皆さんに知っておいていただきたいことも並べます。
- 世の中の「無料査定」は、誰かが1件いくらでお金を払って買った情報である
- 買取業者の無料査定は、安く仕入れるための入り口である
- 無料の裏側にある回収の仕組みが、どちらを向いているかを見てほしい
無料という言葉に飛びつく必要はありません。中身を見てください。
最後に、これだけは申し上げたい
あの日、Aさんに「また今度」と言った自分を、私は今でも思い出します。
77歳になった今、思うことはひとつです。あと何年この店を開けていられるか分かりませんが、開けている間は、来てくださった方の話を必ずその日に聞く。それだけは守ろうと思っています。
売る話でなくて結構です。決まっていなくて結構です。資料を持ってこられなくても結構です。
お茶を一杯お出しします。30分ほどお話を伺って、今してはいけないことと、動く順番だけお伝えします。そのまま帰っていただいて構いません。
お代はいただきません。そのかわり、もし周りに困っておられる方がいたら、こんな不動産屋が北区にいると伝えていただければ、それで十分です。
センチュリー21・ハートピア
田中章雄


