親の介護と自分の老後
逃げずに向き合ったから、見えてきたこと。
「まさか、こんなに長くなるとは思っていなかった。」
介護が始まったとき、多くの人がそう感じます。
最初は「少しの間、手伝うだけ」のつもりだった。でもいつの間にか、それが1年になり、5年になり、10年になる。
私の家族も、そうでした。
義母の介護は、約20年間続きました。介護度5。寝たきりの状態です。
「お金を取られた。」
ある日、義母がそう言い始めました。
誰よりも一生懸命に世話をしていた夫に向かって。毎日、何十回と電話がかかってくる。「取られた」「盗まれた」「来てくれ」——。
介護をしている家族が一番傷つく言葉を、認知症は容赦なく向けてきます。
夫がどれほど消耗していたか。その隣で、私もその重さをずっと感じていました。
介護は、本人だけが大変なんじゃない。家族全員が、じわじわと削られていく。
一方で、私の父は対照的な最期を迎えました。
がんの治療を乗り越えた父の介護認定は、要支援どまり。亡くなるその日まで、自分で食事を作り、自分で買い物に行きました。
亡くなる前日も、私は手作りのご飯を持って父の様子を見に行きました。「バイバイ」と別れたのが、夜の21時。
その翌朝、父はトイレで座ったまま、静かに息を引き取っていました。
突然のことで、心の準備なんてできていなかった。でも同時に、これが父らしい最期だとも思いました。最後まで誰かの手を借りず、自分の足で立ち、自分の暮らしを守り続けた。
介護度5と、要支援。同じ「老い」でも、これほど違う。その違いはどこから来るのか——父の姿を見ながら、私はずっと考えていました。
介護する側も、老後の準備が必要だった。
義母の介護を通じて、私が痛感したことがあります。
「介護される人のことばかり考えていて、介護する自分の老後を、誰も考えていなかった。」
介護に追われる毎日の中で、自分の体のこと、お金のこと、将来のことは後回しになる。
でも介護が終わったとき、気づくんです。自分も、もう若くないということに。
だから今、不動産の仕事を通じて多くの方の相談に乗りながら、私は必ずこう伝えます。
「介護が始まる前に、自分の老後も一緒に準備してください。」
父が教えてくれた「自立した老後」の本質
父がなぜ、最後まで自分らしく生きられたのか。私なりの答えは、一つです。
「体と生活習慣を、早いうちから自分でデザインしていたから。」
食べるものを選ぶ。体を動かす。人とつながる。小さなことの積み重ねが、老後の自立を支えていた。
介護度5になるか、最後まで自分で買い物に行けるか——その差は、60代・70代になってから作れるものではありません。50代の今、始めることに意味があります。
「介護と老後の準備」、今すぐできる3つのこと
① 「介護のこと」を家族で話しておく
介護が突然始まったとき、一番困るのは「何も決まっていない」状態です。親が元気なうちに、住まいのこと、お金のこと、もしものときの希望を、少しずつ話しておく。気まずくても、その会話が家族全員を守ります。
② 「自分の老後のお金」を介護と切り離して考える
介護費用と自分の老後資金は、別で考えることが大切です。親の介護にお金を使い果たして、自分の老後が苦しくなる——そんな方を、私は何人も見てきました。「親のために」という気持ちは尊い。でも自分を守ることも、同じくらい大切です。
③ 「自分の体と暮らし」に今日から投資する
父のように、最後まで自分らしく生きるために。食事、運動、睡眠——当たり前のことを、当たり前に続ける。50代の今の習慣が、80代の自分を作ります。
介護は、老後の「リアル」を教えてくれる授業だった。
20年間の介護を経て、私が感じていること。
それは、「介護は辛い経験だったけれど、老後というものの本質を、体で学ばせてもらった」ということです。
人は必ず老いる。体は必ず変わっていく。
それでも、どう老いるかは、今の自分が作っていける。
義母の介護を支えた夫の姿、最後まで自分らしく生きた父の姿——その両方が、今の私の仕事の原点になっています。
住まいのこと、相続のこと、老後のお金のこと。
「顔の見える不動産屋が、ここにいます。」
あなたの「もしも」に、一緒に備えましょう。


